翻訳・境界・メタフィクション--武田泰淳「ひかりごけ」を読む (特集・<戦後>空間と<日本>文学)
デジタルデータあり(科学技術振興機構)
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書誌情報
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- 資料種別
- 記事
- 著者・編者
- 松本 和也
- シリーズタイトル
- 著者標目
- タイトル(掲載誌)
- 日本文学 / 日本文学協会 編
- 巻号年月日等(掲載誌)
- 55(11) 2006.11
- 掲載巻
- 55
- 掲載号
- 11
- 掲載ページ
- 24~34
- 掲載年月日(W3CDTF)
- 2006-11
- ISSN(掲載誌)
- 0386-9903
- ISSN-L(掲載誌)
- 0386-9903
- 出版事項(掲載誌)
- 東京 : 日本文学協会 ; 1952-
- 出版地(国名コード)
- JP
- 本文の言語コード
- jpn
- NDLC
- 対象利用者
- 一般
- 所蔵機関
- 国立国会図書館
- 請求記号
- Z13-438
- 連携機関・データベース
- 国立国会図書館 : 国立国会図書館雑誌記事索引
- 書誌ID(NDLBibID)
- 8570207
- 整理区分コード
- 632
- 要約等
- Hikari-goke has been usually interpreted as a symbolic story that reflects some unchangeable truth. Instead of reading it in such an essentialist way, here I will put it back into the historical context to find its more actual meaning. As the narrative strategy in the travelogue part shows, the story is a sort of meta-fiction which radically transgresses literary conventions. Such transgression both in content and in form enables the author to represent the scandal of cannibalism from more than a single viewpoint. Defining the story this way, I will reconsider its historical aspect.本稿は、抽象化された普遍性において読まれてきた受容史に抗い、武田泰淳「ひかりごけ」の精読を通してその歴史性・今日性を論じる試みである。「ひかりごけ」をメタフィクションと捉え直して紀行文における「私」の身振りから"境界(線)の物語"を読み解いた上で、「人肉事件」というモチーフに対する複数の表象を分析し、"脱境界(線)の物語"としての「ひかりごけ」の相貌を取り戻し、その歴史的位置までを論じた。
- DOI
- 10.20620/nihonbungaku.55.11_24
- オンライン閲覧公開範囲
- インターネット公開
- 連携機関・データベース
- 科学技術振興機構 : J-STAGE
- 要約等
- 本稿は、抽象化された普遍性において読まれてきた受容史に抗い、武田泰淳「ひかりごけ」の精読を通してその歴史性・今日性を論じる試みである。「ひかりごけ」をメタフィクションと捉え直して紀行文における「私」の身振りから"境界(線)の物語"を読み解いた上で、「人肉事件」というモチーフに対する複数の表象を分析し、"脱境界(線)の物語"としての「ひかりごけ」の相貌を取り戻し、その歴史的位置までを論じた。
- DOI
- 10.20620/nihonbungaku.55.11_24
- 連携機関・データベース
- 国立情報学研究所 : CiNii Research
- 提供元機関・データベース
- Japan Link Center雑誌記事索引データベースCiNii Articles
- 書誌ID(NDLBibID)
- 8570207
- NII論文ID
- 110009885985