共謀する表象--開高健・小松左京・梁石日の「アパッチ」小説をめぐって (特集・<戦後>空間と<日本>文学)
デジタルデータあり(科学技術振興機構)
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書誌情報
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- 資料種別
- 記事
- 著者・編者
- 朴 裕河
- シリーズタイトル
- 著者標目
- タイトル(掲載誌)
- 日本文学 / 日本文学協会 編
- 巻号年月日等(掲載誌)
- 55(11) 2006.11
- 掲載巻
- 55
- 掲載号
- 11
- 掲載ページ
- 35~47
- 掲載年月日(W3CDTF)
- 2006-11
- ISSN(掲載誌)
- 0386-9903
- ISSN-L(掲載誌)
- 0386-9903
- 出版事項(掲載誌)
- 東京 : 日本文学協会 ; 1952-
- 出版地(国名コード)
- JP
- 本文の言語コード
- jpn
- NDLC
- 対象利用者
- 一般
- 所蔵機関
- 国立国会図書館
- 請求記号
- Z13-438
- 連携機関・データベース
- 国立国会図書館 : 国立国会図書館雑誌記事索引
- 書誌ID(NDLBibID)
- 8570228
- 整理区分コード
- 632
- 要約等
- In his Nippon-sanmon-opera (1959), Ken Kaikei compares Korean people in Japan to the "Apache" and sees them as if they were lawless savages. Such a representation of the Korean comes from the author's desire to distinguish between the prewar and the postwar periods precisely in order to forget what caused the "Apache" to be in his country. Sakyo Komatsu is fully aware of continuity between the two periods. But, in Nippon-Apache-zoku (1964), driven by the same strong desire of oblivion, he also represents the Korean as aliens who invade and destroy the country. Unlike those Japanese writers, Sogiru Yan in Yoru-wo-kakete (1994) puts stress on the persistent existence of prewar ideologies in postwar Japan. His argument, however, is largely constructed on his own interpretation or representation of postwar society as a writer of Korean stock. In this sense, even he can't give any practical answer to the unsolved issues of the past.アパッチ族と称されていた「在日朝鮮人」を描いた開高健の『日本三文オペラ』(一九五九)がそこを「不法」の空間として表象するのは、開高が日本の「戦後」を「戦前」とは断絶しているとみなす忘却によるものであった。一方、アパッチ族を日本を滅亡させる存在として描く小松左京の『日本アパッチ族』(一九六四)は、「戦前」を記憶しているゆえの、しかし忘却への欲望が書かせたものである。しかし、逆に「連続する戦前」を強調する梁石日『夜を掛けて』(一九九四)も、同じく表象の次元を超え出ないものであり、その限り「戦後」議論は実を結ばないだろう。
- DOI
- 10.20620/nihonbungaku.55.11_35
- オンライン閲覧公開範囲
- インターネット公開
- 連携機関・データベース
- 科学技術振興機構 : J-STAGE
- 要約等
- アパッチ族と称されていた「在日朝鮮人」を描いた開高健の『日本三文オペラ』(一九五九)がそこを「不法」の空間として表象するのは、開高が日本の「戦後」を「戦前」とは断絶しているとみなす忘却によるものであった。一方、アパッチ族を日本を滅亡させる存在として描く小松左京の『日本アパッチ族』(一九六四)は、「戦前」を記憶しているゆえの、しかし忘却への欲望が書かせたものである。しかし、逆に「連続する戦前」を強調する梁石日『夜を掛けて』(一九九四)も、同じく表象の次元を超え出ないものであり、その限り「戦後」議論は実を結ばないだろう。
- DOI
- 10.20620/nihonbungaku.55.11_35
- 連携機関・データベース
- 国立情報学研究所 : CiNii Research
- 提供元機関・データベース
- Japan Link Center雑誌記事索引データベースCiNii Articles
- 書誌ID(NDLBibID)
- 8570228
- NII論文ID
- 110009885986