一般注記出版タイプ: VoR
世界有数の長寿国を実現した我が国は,その一方で,加齢現象に伴う生活習慣病を抱えることになった。生活習慣病の一つである循環器疾患は慢性疾患の中で最も患者数が多く,65歳以上の高齢者に多い疾患である。住所別に推計患者数をみると,三大都市圏はその他の地域に比べて患者数が多いことが示されている。一方,これまでの研究では,循環器疾患の有病には,社会経済的要因および身体的健康,精神的健康,社会的健康(以下,健康三要因と略す)が関連していることが明らかになっている。また,循環器疾患は,その後の生存を予測する妥当性の高い指標であるだけではなく,他の慢性疾患に比べてQuality of Life(以下,QOLと略す)が著しく低下しやすい特性を持っている。よって,循環器疾患をもちながらもQOLを維持・向上して社会生活を送る必要性は,都市圏における健康課題の一つである。近年,病気療養については,医学的な管理に加えて,本人の主体性を尊重し精神面を重視したセルフケアが求められている。しかしながら,QOLを高めるための関連要因について,構造的に明確にした研究は報告されていない。もし,循環器疾患患者のQOLを維持し向上させていくための要因として,セルフケアの支援とともに,社会経済的要因や健康三要因との関連構造が明らかになれば,効果的な健康支援活動を展開する上で科学的なエビデンスとして活用できることが期待される。本研究の目的は,健康と疾患を環境との関係で捉えるWHOが示した国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health:ICF)を研究基盤モデルとし,循環器疾患の特性を加味した「循環器疾患をもちながらもQOLを維持・向上して生活するための支援モデル」を作成し,循環器疾患をもつ大都市に住む住民の健康三要因と社会経済的要因,自己効力感,セルフケア,そしてQOL を数量的・総合的,かつ構造的に明らかにすることである。本論文の構成は,全5章から成る。第I章では,先行研究を踏まえ,本論文の研究意義,研究目的,研究方法をまとめた。第II章の「大都市郊外在宅高齢者の循環器疾患有病状況と3年後の健康三要因との関連構造」では,大都市郊外在宅高齢者8,161名を対象とし,社会経済的要因,循環器系疾患の有病と健康三要因との関連構造を明確にすることを目的に,三年後に再調査して分析した。その結果,大都市郊外在宅高齢者の循環器疾患の有病は,社会経済的要因が基盤となると共に,精神的健康を低下させ,その後の身体的健康の低下に連動し,最終的に社会的健康を低下させる関連構造が示された。よって,今後の健康支援活動では,循環器疾患の有病を抑制させる社会経済的要因に着目した,一次予防に対する支援づくりの必要性が統計的に示された。第III章の「循環器疾患患者の主体的療養行動と前向きな取り組みおよび家族支援との構造分析」では,「循環器疾患をもちながらもQOLを維持・向上して生活するための支援モデル」に沿って大都市部在住で循環器疾患の治療中患者145 名を対象に,家族支援,社会経済的状況,主体的療養行動(身体面・精神面の管理,治療の継続)と趣味・生きがいなどの前向きな取り組みとの相互関係性を構造的に分析し,性別で比較検証することを研究目的とした。 その結果,循環器疾患をもちながらもQOLを維持・向上して生活するためには,家族支援が基盤となり,本人の主体的療養行動を構築し体調が安定することで趣味・生きがいなどの社会参加が可能となる関連構造が示された。よって,専門家による本人のセルフケアを指導する従来の健康教育ではなく,本人の主体性を尊重するとともに,家族の支援を含めた新しい健康支援方法の構築が重要であることが構造的に示されている。第IV章の「循環器疾患患者に対するQOL向上を目指した療養支援事例」は,循環器疾患患者の療養の実態とQOLとの関連構造について,3名の生活事例を面接調査に基づく事例分析により明らかにすることを研究目的とした。その結果,「循環器疾患をもちながらもQOLを維持・向上して生活するための支援モデル」の構成要素には,個別特性がみられたものの,その関連構造が支持された。更に,新しい関連要因として「やりたいこと・目標・希望の明確化」や「疾患に関する認識」を研究概念の構成要素に加える必要性が示唆された。以上の研究結果を踏まえ,第V章では,循環器疾患患者に対する今後の望ましい健康支援方法を提示した。本研究成果に基づく新しい健康支援方法の提案の一つ目として,健康支援の基盤となる要因として社会経済的要因を位置づける必要性が提案できる。つぎに,循環器疾患患者のQOLの維持・向上を目指した支援を行うためには,家族や友人・知人からの支援を基盤として,主体的療養行動がとれるような支援体制を整えることが重要であることが提案できる。また,家族や友人知人からの支援が機能しない場合には,病を受容し対応能力を共有できる同病者による相互支援を含む総合的な支援体制を創設し,循環器疾患と共存した生活を多層にわたって支援する環境を整備することの重要性が提案できる。このように,量的,質的な実証研究結果から導きだされたこれらの提案は,循環器疾患を中心とした生活習慣病を抱えて生活する人が急増する高齢社会のなかで,病気をもちながらもQOLを維持・向上しながら暮らしていくことを支える新しい健康支援の方法の一つとして活用できるものであり,今後の効果的な健康づくり施策に活用できる新規性が明示されている。
首都大学東京, 2014-09-30, 博士(都市科学), 甲第423号
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