並列タイトル等「チョウセイジュク シャカイ」ノ ヨボウ イリョウ ニ オケル イリョウ コーチング ノ フキュウ : ケンコウ ジュミョウ ノ エンシン, ロウドウリョク ブソク ノ カイショウ ニ ムケテ
"Chōseijuku shakai" no yobō iryō ni okeru iryō kōchingu no fukyū : kenkō jumyō no enshin, rōdōryoku busoku no kaishō ni mukete
一般注記type:text
[提言の目的]
日本の人口に占める65歳以上の高齢化率は,国勢調査の結果より,2015年度で26.7%(3342万2000人)であり,2010年度の22.8%(2924万6000人)から400万人程度増加している.その一方で,15歳から64歳までの人口を示す生産年齢人口は,2010年度の8103万人から,2015年度の7708万人と約400万人減少している.この傾向は2020年の推計値でも顕在し,高齢者人口は,3612万人,生産年齢人口7341万人になると考えられている.高齢化社会という側面が強調されることが多いが,現在の日本は労働力減少社会と言い換えることが可能である.
2010年にWHOから提唱された健康寿命という概念がある.健康寿命は,介護を受けたり寝たきりになったりせずに日常生活を送れる期間を示したものである.平均寿命から健康寿命を引いた年数が,介護や医療の負担になる年月だと考えれば,そのギャップを縮めていくことが是とされている.平成24年度に示された日本におけるデータによれば,男性の平均寿命が79.55歳に対して,健康寿命は70.42歳,女性の平均寿命が86.30歳に対して,健康寿命は73.62歳と,それぞれ9年と13年のギャップが存在している.このギャップを埋めていくことは,QoLの向上,医療費支出の削減に一役買うと考えられている.
高齢者の労働意欲に関するデータを利用して試算すると,男性の健康寿命が74歳まで延伸すれば,約90万人の労働力が追加で計算できることになる.日本の一人当たりGDPは34,500ドルと言われているので,計310.5億ドル(約3兆円)ほどの効果が推計できる.健康寿命の延伸は,高齢化社会においては,経済的価値が高いことが伺える.予防医療にかかるコストと,この経済価値を比較することで,その政策のコストパフォーマンスの一部を算出することが可能である.本提言では,健康寿命を延伸することが,慢性的な労働力不足の解消の一助となることに着目し,予防医療の発展に資する政策を提案する.
また,厚生労働省が発表した2015年度の概算医療費は41.5兆円であり,それは2014年度の40兆円から3.8%の伸びであった.高齢者は,医療費を使用する傾向が高いことから,医療費と高齢者数が相関を持っていることは明白である.従って,全年代的に人口減少傾向の日本においては,医療費という額面は次第に少なくなっていくと考えられるが,高齢化率の上昇,生産年齢人口の減少を考えれば,医療費に対する国民の負担というのは,長期的に続いていくものである.医療費の間題は喫緊であるため,自己負担額の増加,保険料の増加,ジェネリック医薬品の推進という即時効果が見込まれる文脈で語られることが多いが,本提言では,予防医療の取り組み拡大による,将来的な医療費抑制,QoLの向上も視野に入れている.
予防医療の推進は健康寿命の延伸に繋がり,労働力不足の解消,医療費支出の抑制,QoLの向上に寄与すると考えられる.しかし,国家,国民ともに享受できる利点が多いにも関わらず,現状の医療体制の中には,予防医療は組み込みづらく,その進展は早いとは言えない.本提言では,予防医療という枠の中でも,医療コーチングという分野に着目し,その利点をまとめると共に,医療体制にどのように組み込むことが可能かについて述べる.これは2015年に策定された「保健医療2035」において言及されている「次世代型の保健医療人材」の一つの形を提案するものである.
[提言の内容]
予防医療が扱うのは,現在病気になっていない人であるため,その取り組みは医療保険の対象である医療行為とは言えないものが多い.しかしながら,正しい医療知識の下に日々の生活習慣を改善することが,健康増進に一番役立つことは周知の事実である.理解しているのに実現されない理由は,病気を予防することにかける動機が薄い点に加えて,やろうと思っても実行できないという易きに流れてしまう人間の心理に関する点がある.予防に対する金銭的なインセンティブを与える仕組みに関しては,多くの研究が存在し,日々検討されているので,本論では議論しない.
心理を扱う技術である“コーチング”は,アスリートの精神面を補助する目的から始まり,現在では学校教育の現場や,エグゼクティブを対象としたビジネスの現場にも,その活躍の場を拡げている.医療分野においては,コーチングは保健指導という枠内で,実質的に提供されている.医療においては一番大切なのは患者との信頼関係と言うように,傾聴や質間のスキルは医師や看護師に必須である.禁煙外来や糖尿病外来は,最早,薬を出すのが目的ではなく,対話を通じて,患者の不安を取り除いたり,意識の変容を促したりするのが主目的となっている.従来は,そのスキルは一定の研修があるものの,医師本人,看護師本人の人間性,性格に立脚したものと認識されていることが多い.それをシステマティックなスキルとして確立し,予防医療(特に1次予防)の分野において積極的に活用していくことが提言の骨子である.
提言1:医療系教育課程でのコーチングスキルを持つ人材の育成
医療者個人の資質に依存した現状に対して,医療コーチング(メディカルコーチング)を専門として体系化し,医療系教育課程(医師,看護師など)の中で学ぶことができる教育プログラムを確立していくことが必要である.
提言2:医療コーチングに関する資格の整備
学習する機会を提供してもなお,医療者個々人にコミュニケーションの得意不得意が存在するはずである.医療コーチングを用いた生活指導,保健指導の能力が高いことを証明する公に認定された資格を整備することで,その質を担保することが可能である.予防医療の質を高めることで,費用対効果も高まることとなる.また,資格取得者をメディカルコーチと呼称し,コメディカルの一員として機能させることができれば,保健指導の大部分をメディカルコーチが担うことにより,医師がより専門的な医療行為に専念できるようになることが期待される.
提言3:医療コーチングの有用性をより確信するための研究助成
予防医療における医療コミュニケーションの重要性は十分に示唆されているが,厳密な意味でのエビデンスはかなり少ない.海外の研究例があるものの,日本国内でもエビデンスの確立に向けて,研究を進めていくのが望ましい.
[実現方法]
提言1:医療系教育課程でのコーチングスキルを持つ人材の育成
教育課程を整備することは,継続的に人材を輩出するために重要である.医療分野においては,正しい知識を持っていることが求められる.例として,精神疾患の患者に対しては,通常のコーチングは逆効果となると言われているため,コーチングをしてはいけない.例のように,医療において外してはいけない点を明確に定義し,それを学ぶことができる教育プログラムを作成する.一から教育プログラムを策定するのは,コストが高いため,現在実施されている例を元にして,民間のコーチング会社と提携して,教育プログラムを作っていくことが望ましい.現行の保健指導に関する研修に追加する形でも可能である.
実施例として,リハビリテーションの分野においてコーチングの重要性が強く認識されており,教育課程に含める動きがある.民間のコーチング会社の知識ノウハウを用いて,医療コーチングを体系化して,講義として機能させている.
提言2:医療コーチングに関する国家資格の設置
質の保証の観点から,それを修めた人材を資格として認定する.現在,医療関係のコーチング資格は,代表的なもので,日本コーチ協会の認定メディカルコーチがある.これは,医療系国家資格取得者(医師,看護師,理学療法士等)に向けて,一定の課程を修了することで認定される民間資格である.その他にも,多数の民間資格が乱立しており,その質の均一性は担保されていないのが現状である.医療従事者としての人材の質を保証する観点から,公に認定された機関からの資格の付与が望ましい.日本コーチ協会は,生涯学習開発財団から認定コーチというビジネス分野の資格を付与することを認められているため,その同様のスキルとして医療コーチングの資格を検討していくことで,現状との乖離を防ぎつつ,目的を達することが可能である.将来的には,現在は医療系国家資格取得者にのみ開かれている門戸を広げ,ある決まった課程を修了することで資格が取得できる体制を作ることを目指す.パラメディカルの一種として,医療を支えていくことが期待される.
提言3:医療コーチングの有用性をより確信するための研究助成
予防医療における医療コーチングの可能性を評価し,個人で取り組んでいる医療者は少なくない.しかしながら,エビデンスを確立するには,個人の取り組みとは別に,研究として腰を据えた活動が必要である.目的を絞った研究助成をすることで,長期的にエビデンスを確立することが可能だと考えられる.ハーバード大学 Institute of Coaching の研究例は参考にできる事例である.
政策提言書7
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