タイトル(掲載誌)博士論文(埼玉大学大学院理工学研究科(博士後期課程))
一般注記type:text
褥瘡好発部位は,皮下脂肪組織が少なく, 生理的に骨が突出している仙骨部, 大転子部などである. これらの部位は皮膚組織内の応力分散が困難であるため,持続的経皮加圧によって組織内末梢血管血流が阻害される.本研究は,皮膚組織の経皮的加圧に伴う圧密化現象と血流障害の関係を定量的に捉え,組織内末梢血管血液によって搬送される酸素供給能を指標に褥瘡発症のリスクを判断する事にある。その理由は,これまで褥瘡の判断には視診, 触診の技術や, 経験的なことが大きな部分を占めており,力学的視点から褥瘡発生機序については十分な解明がなされていないからである.これまでの研究では,皮膚が障害を受けるリスクの判断において,患者の皮膚の粘弾性特性を考慮されていない. また, 皮膚に作用する圧力と血流障害の関係が重要としながらも皮膚への圧密と血流, そして酸素供給量との関係も論じられてはいない.本研究では, 皮膚組織の固液2相多孔質粘弾性モデルを考案し,圧密と血流との関係,組織内の酸素収支に関する移流拡散モデルを構築し,血流と酸素供給量の関係を定量的に推定することによって圧密現象と血流障害の関係,血流障害による皮膚組織への酸素供給量への影響, 更に供給酸素量と組織細胞のViability に与える影響について検討した.第2 章では,褥瘡の予防とケアには無侵襲で皮膚組織の力学的特性を把握するインデンテーション試験が望まれる.しかし, Hertz の弾性接触理論による球面対半部元平板の接触問題をそのまま皮膚インデンテーション試験に適用することはできないので,有限厚さを有する弾性平板の押し込み試験における適正押し込み深さについてHertz 接触理論の拡張展開を試みた.結果, φ5 mm の球面圧子を用いた押し込み試験によるヤング率の測定において,いずれの試料も押し込み深さ0.5 mm で等価弾性率E*= (3.80 ± 0.16 )×104 Pa に収束し,押し込み深さ0.5 mm 程度であればHertz 接触の式は厚みの影響が軽微であることが示唆された.第3 章では, 皮膚組織を固液2 相系多孔質粘弾性体とみなし, 皮膚組織の圧密と血流障害の観点から市販の簡易型粘弾性装置を用いて皮膚の応力緩和試験を実施した.これらの皮膚組織に対し3 要素型粘弾性モデルを適用し, 粘弾性試験の有用性について比較検証した.結果,1) 皮膚組織を固液2 相系多孔質粘弾性モデルとして想定することで,持続的な経皮加圧による血流障害を粘弾性試験から判断可能であることが示唆された.2) 皮膚は顕著な材料非線形性を有し,経皮的加圧量によって粘弾性係数は大きく変化した.3) 応力緩和試験で得られた測定値は褥瘡リスクの判断に有用な皮膚の物性変化を捉えることが可能であった.第4,5,6 章では,圧密と組織内血流をテーマにし,皮膚組織の圧密化による血液透過性への影響を検討した.結果,1) 皮膚組織は顕著な固液2相系多孔質粘弾性を示すことが確認され, 組織の圧密化と血液流動を阻害しない力学環境が褥瘡発生回避に重要であることが確認された. 2) 動物を用いた経皮的加圧試験により,圧密化の進行に応じて組織内酸素濃度が減少することが確認された. 3)低酸素環境における細胞培養試験の結果,1% O2, 5%O2 の酸素濃度において,長期間培養する段階で細胞障害は無視できないことが確認された. 4)これらの低酸素環境は比較的低い加圧量(2.6kPa,5.2kPa)に対しても発生する可能性があり,褥瘡発生リスクの判断の目安になることが示唆された.第7章では,皮膚組織に輸送される血液中の酸素濃度に着目し,皮膚組織内の酸素供給と消費の関係を表す数理モデルを構築。褥瘡発生を回避するための供給酸素量について検証した.結果,1)動物実験により得られた, 皮下組織の酸素消費速度f0=0.193~0.251mmHg/sの値は参考文献とほぼ等しいことを確認した。2)ヒト皮膚のクリープ加圧試験により経皮加圧に伴う血流速度の低下を測定し,血流と組織の圧密とは密接に関連することが確認された.結論として, 1)従来は,褥瘡の発生リスクは加圧の大きさと時間と言われてきた.それを皮膚の血流による酸素運搬能の低下の観点から,組織細胞に供給される酸素量と細胞で消費される酸素量を定量的に検査することで褥瘡発症リスク判断に応用できる可能性が示唆された. 2)皮膚組織は膠原線維を固相,血液を液相とする顕著な固液2相系多孔質粘弾性を示すことが確認され, 組織の圧密化と血液流動を阻害しない力学環境が褥瘡発生を回避する為に重要であることが確認された.3)簡易型粘弾性試験装置を用いて, 皮膚加圧時の血液流動性を定量化できた.4)皮膚を固液2相系多孔質粘弾性モデルの圧密に伴う弾性要素と粘性要素の変化を用いて組織内血流障害を判断するのに有効であることが推察された.
要旨第1章 序論 ………………………………………………………… pp. 1-12第2章 押し込み荷重試験による皮膚組織の力学特性の測定に関するHertz 球面接触理論の展開 ……………………………… pp. 13-32第3章 簡易型粘弾性測定器を用いた皮膚組織の粘弾性試験 … pp. 33-55第4章 経皮加圧を受ける皮膚組織の圧密化とそれに伴う組織内血流量変化の測定 ………………………………………………………… pp.56-66第5章 低酸素環境下における皮膚組織および培養細胞の障害度の測定………………………………………………………………… pp. 67-98第6章 皮膚の圧密化に伴う組織内血液透過性低下に関する実験的検討………………………………………………………………… pp. 99-111第7章 移流拡散モデルによる皮膚組織の酸素収支に関する解析的研究………………………………………………………………… pp. 112-134第8章 総括 ………………………………………………………… pp. 135-141謝辞 …………………………………………………………………… p. 142著者論文目録 ………………………………………………………… pp. 143-146
主指導教員 : 森田眞史
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受理日(W3CDTF)2018-04-03T03:53:09+09:00
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