一般注記リゾホスファチジルエタノールアミン(LysoPE)は、ホスファチジルエタノールアミン(PE)の加水分解産物である。LysoPE は、がんの走化性遊走と細胞浸潤を促すなどの in vitro での生理活性を持ち合わせているにも関わらず、臨床サンプル中の LysoPE の各分子種を決定づけるための高感度かつ正確な定量分析方法がないために、血清における LysoPE の病態生理学的な役割に関する報告は限られている。本研究では、液体クロマトグラフ質量分析(LC-MS/MS)を用いた LysoPE 分子種のプロファイリングを目的とした定量方法を開発し、臨床サンプルへの応用を試みた。定量系の開発にあたり、内部標準物質(IS)と一部 LysoPE 標準品の有機合成を既報に基づいて行い、市販されている LysoPE分子種と合わせて全 7 分子種の主要な LysoPE 標準品を用いて LysoPE の測定を行った。LC-MS/MS を用いた定量系における LysoPE 分子種の検出限界(LOD)と定量限界(LOQ)は、それぞれ 0.5-3.3 pmol/mL と 1.0-5.0 pmol/mL であった。さらに、定量系の応用として、健常者(n = 8)並びに単純性脂肪肝(SS、n = 9)および非アルコール性脂肪性肝炎(NASH、n = 27)を含む非アルコール性脂肪性肝疾患患者の血清中 LysoPE 濃度を測定した。7 分子種の LysoPE の合計濃度は健常者、SS、NASHの各群においてそれぞれ18.030±3.832 nmol/mL、4.867±1.852 nmol/mL、および 5.497±2.495 nmol/mL であった。分子種毎のLysoPE 定量結果では LysoPE 18:0 を除き、LysoPE 濃度が NAFLD 群で健常者群と比較して有意に減少した。しかし、SS 及び NASH 群間に有意差は観察されなかった。今回開発した LC-MS/MS を用いた LysoPE 定量系を臨床検体に応用した結果、少量の血清量(10 μL)で 7 分子種の同時定量が可能であることが分かった。また、LysoPE 低下の原因の一つと考えられる細胞への取り込みについて検証した。その結果、LysoPE が肝細胞に濃度依存的に脂肪滴を形成させることが明らかとなり、TAG や CE において増加した分子種がその細胞で確認された。そして、一部の脂質代謝関連遺伝子(ATGL、SREBP1、SCD1)を低下させた。本研究で確立した LysoPE 定量系は今後、臨床検体のみならず、細胞や動物実験などへの応用が期待され、LysoPE の病態生理学的役割の解明に貢献すると考えられる。
(主査) 特任教授 齋藤 健, 教授 惠 淑萍, 教授 千葉 仁志(札幌保健医療大学)
保健科学院(保健科学専攻)
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受理日(W3CDTF)2021-11-08T14:10:24+09:00
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