著者・編者Gulay, Kevin Christian Montecillo
並列タイトル等イヌ血管肉腫の病態におけるヒストンリジン脱メチル化酵素2Bの役割に関する研究
一般注記血管肉腫は血管内皮細胞由来の悪性腫瘍であり,脾臓・肝臓・心右心耳に好発する。どの動物にも起こりうるが,特にイヌでは高頻度に発生し,ヒトではまれである.血管肉腫に対する有効な治療法は存在せず,新規治療法の開発が望まれているものの,その病態の詳細は未だ明らかではない.エピジェネティクスとはDNA塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制御機構である.DNAとともにクロマチンを構成するヒストンタンパク質は,メチル化やアセチル化などの修飾を受けることによって,クロマチン構造を変化させて遺伝子発現を制御する.がん細胞ではエピジェネティクス異常が生じており,遺伝子発現が正常に制御されていない.このため,エピジェネティクス異常は細胞のがん化にも深く関与していると考えられる.しかし,血管肉腫のエピジェネティクスに関する研究はこれまでに報告がなく,その役割は未だ明らかではない.本研究ではイヌ血管肉腫のエピジェネティクス機構に着目し,エピジェネティクスが血管肉腫の病態に果たす役割を明らかにすることを目的とした. まず筆者はイヌ正常血管内皮細胞とイヌ血管肉腫細胞におけるエピジェネティクス関連遺伝子の発現調べ,ヒストン脱メチル化酵素KDM2Bが血管肉腫細胞で高発現していることを明らかにした.次に,血管肉腫細胞においてKDM2Bをノックダウンすると,細胞死が誘導されることがわかった.KDM2Bノックダウン血管肉腫細胞ではDNA修復機構の活性が抑制されており,その結果DNAダメージが蓄積することによって,アポトーシスが誘導されていることがわかった.次に,イヌ血管肉腫細胞をヌードマウスに移植し,腫瘍が形成されてからKDM2Bをノックダウンしたところ,腫瘍の退縮が認められ,KDM2Bはin vivoでも腫瘍細胞の生存・増殖に必須であることがわかった.また,臨床症例を用いた解析でもKDM2Bは血管肉腫細胞で高発現しており,臨床例においてもKDM2Bが重要な役割を有していることが示唆された.さらに新規治療法の可能性を探るため,ヒストン脱メチル化酵素の阻害剤であるGSK-J4が血管肉腫に対して効果を示すかどうかを調べた.その結果,GSK-J4はKDM2Bノックダウンと同様の機構で細胞死を誘導し,in vivoにおいても腫瘍の増殖を遅らせることが明らかになった.これらの結果から,GSK-J4はイヌ血管肉腫におけるドキソルビシン治療に代わる新たな治療法として機能しうることがわかった. 筆者の知る限り,本研究はイヌ血管肉腫における初めてのエピジェネティクス研究であり,これらの結果は血管肉腫に対する新規治療法開発への基礎となるものである.血管肉腫の病態におけるKDM2Bの役割をさらに理解するために,今後の研究では,イヌの年齢,性別,品種,治療法の効果,生存率,治療成績などの患者プロファイルとKDM2Bとの関係を明らかにすることが重要である.また,現段階では,血管肉腫のin vivo解析を行うためには免疫不全マウスを使用なくてはならない.しかし,免疫細胞は腫瘍微小環境の重要な一要素であり,真の血管肉腫の病態を明らかにすることはできない.したがって、血管肉腫のための同種移植モデル (syngeneic model) を確立する必要がある。
(主査) 教授 滝口 満喜, 教授 木村 享史, 准教授 安井 博宣, 准教授 市居 修, 特任准教授 山﨑 淳平
獣医学院(獣医学専攻)
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受理日(W3CDTF)2022-11-07T16:56:35+09:00
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