一般注記本稿は、人のつながりを介した相互扶助や互酬的関係といった人間生活にとって不可欠の社会的な関係性が租税法の実定法秩序において如何に概念として把握され得るか、を租税法理論の立場から論じたものである。このような地域における相互扶助や人々の互酬的関係(を基調とする人的結合)に対して、社会科学としての法学の近接領域である社会学や政治学においては、各々公共性、民主主義、市民社会論、福祉国家論との関係や地域経済との関係等の面から、コミュニティ論やソーシャル・キャピタルや社会的連帯、地域コミュニティを基盤とする社会的包摂などについての分析検討が盛んに為されている。その一方で、これまで、租税法においては、互酬的関係や相互扶助関係について論じられたものは、管見の限りほとんど存在しない。このような学問状況の下で、筆者がこうした対象を租税法においても扱うべきであるとの着想を得るきっかけとなったのは、本稿においても検討することとなる、地域通貨活動事業に対する課税の可否が争われた、福祉NPO 流山訴訟である。この訴訟に対して下された司法判断は、地域通貨そのものが有する、互酬的関係や相互扶助といった概念を捨象して、地域通貨を一種のプリペイド・カードとして捉えたものであった。その上で、同判決は、会員の相互扶助的活動を本件の原告である福祉NPO による指示によるものと解して、NPO から会員への周旋業(法人税法施行令5条所定の収益事業)として認定した。本稿は、このような互酬的関係や相互扶助への租税法実定法秩序の非応答性を問題視して、このような関係性を租税法理論として論ずる可能性を探求するものである。もっとも、本稿の後の考察が示すとおり、私的領域における互酬的関係そのものを直ちに法律論の俎上にのぼすことは、国家が法によって扱うべき事柄の範囲についての措定作業を必要とするなど、概念そのものを直ちに扱おうとする総論的な考察方法には、幾多の困難な道のりが予想される。そこで、本稿では、ひとつひとつの検討素材からは必ずしも十分な知見が得られないことを自覚しつつも、互酬的関係と近接する素材を各論的に検討することから、互酬的関係を基調とする団体に対して如何に課税が為されるべきかの基本的考え方そのものを考察する、という方法を採用することとした。以下では、差し当たり、人びとの互酬や「社会的つながり」が法政策の目標として把握される場合において、それを促進すべき「政策」目的として捉えることに潜む問題点を指摘することから、本稿が構築しようとする議論の方向性を示すことにする。
(主査) 教授 山下 竜一, 教授 岸本 太樹, 准教授 藤谷 武史 (東京大学社会科学研究所)
法学研究科(法学政治学専攻)
コレクション(個別)国立国会図書館デジタルコレクション > デジタル化資料 > 博士論文
受理日(W3CDTF)2015-02-03T05:25:05+09:00
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