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1.はじめに「地球温暖化防止のためのCO2削減努力」といった標語はすでに広く行き渡り,一般家庭においても環境にやさしい生活,ということが意識されるようになってきている。CO2削減問題はとりもなおさず化石エネルギー消費の節減問題であり,化石エネルギーの消費は各家庭における重要な支出項目であるから,この問題への関心が高まることは当然であろう。ところが関心の高さとはうらはらに,家庭生活によるエネルギー消費の最近の動向は減少というよりは増加傾向であることがよく指摘される。たとえば図1をみてみよう。図1はエネルギー経済研究所のデータであるが,それによると,日本におけるエネルギーの最終消費量は1980年から97年にかけて253.1Mtoeから347.3Mtoeへと37%の増加を示している。そのうち工業(Industry)による消費量は131.7Mtoeから151.7Mtoeへの変化であり,15.2%の増にとどまる一方で,輸送関係(Transport)の消費量は52.3Mtoeから84.3Mtoeへと61.2%増,家庭用エネルギー消費を含む民生用(Residence&Commercial)の消費は54.2Mtoeから91.9Mtoeへと69.6%も増加している。つまり工業活動によるエネルギー消費量は絶対値が大きいものの,その伸び率が著しく押さえれれているなかで,輸送活動や民生活動によるエネルギー消費の伸び率には目覚しいものがある。このような状況を見る限り,一般市民の環境意識の高まりにもかかわらず,市民生活の中でのエネルギー節約効果はあまりみられない,ということができる。たしかによく考えてみると,便利で快適な生活はエネルギー節約の目的とは合い入れない場合が多い。といって,不便な生活を堪え忍ぶことが環境問題への解決策というのではあまりに短絡的である。便利さ,快適さの追求と環境保全は一般市民に共通の2つの重要な目的であるから,両者の間にうまく折り合いつけて最適な生活パタ一ンとはどのようなものかを探っていく必要があろう。そのためにはどの程度の便利さが,どの程度の環境負荷をもたらすのかという認識を生活者が持ち,たえずそれによる環境負荷を考慮しながら便利さを享受していくことが必要である。さらに,生活者が及ぼす環境負荷は生活にともなう直接的なエネルギー消費にとどまらない,ということに注意しなければならないだろう。どんな消費財もそれを製造する時に,エネルギーを消費しないものは有り得ない。たとえそれを使うことがエネルギー消費と無関係のように見える財であっても,その財をつくるときに大量のエネルギーを要するような商品については,同様の注意が必要である。すなわちその財を使うことの利便性と,それを製造する際の環境負荷を天秤にかけて見る必要がある。そのような問題意識に基づいて,これまで環境分析用産業連関表を用いた研究を行ってきた。すなわち同表によれば,生活者が日常使うあらゆる財(エネルギー財,非エネルギー財)について,それを作る時使う時にもたらされる環境負荷の大きさを知ることができるのであるが,その情報を上述のような「環境を考慮した利便性,快適性の追求」という目的に役立てられないか,と考えてきた訳である。具体的には,いろいろな消費財を1万円づつ消費した時,それによって引き起こされるCO2排出量の大きさを示した「環境家計簿作成のためのCO2排出点数表」を作成し,生活者の消費行動に対して環境情報を提供しようと試みた。そしてこれまでの研究で,CO2排出点数そのものの導出,および導出された結果の考察などはほぼ完了した。そこで,研究の次のステップとしてはこのように得られた情報を実際の家庭の消費パターンにあてはめ,おのおののライフスタイルの違いが環境に与える影響を具体的に観察してみなければならない。本論では,日本の「代表的世帯」の家計簿として公表されている『家計調査年報』に,上記「CO2排出点数表」を適用し家計の属性の違いによって,家計の消費パターンが環境に与える影響がどのように異なるかを観察することにした。とりわけ,環境負荷との関連で家計の消費行動を考える時,そのCO2排出パターンを左右すると予想されるもっとも重要な家計属性は,その家計がどんなところに住んでいるか,ということであろう。たとえば,交通至便な都会に住んでいる家庭に比べて,地方町村にすむ家庭は自家用車を利用する可能性が高い。その場合ガソリン消費によるCO2排出が地方町村にすむ家庭で多くなる。また,寒冷地域にすむ家庭と温暖な地域にすむ家庭では,光熱関係のエネルギー消費パターンがかなり異なり,したがってそのCO2排出状況も違ってくる。その他にも地域間には衣食住におけるさまざまな習慣の違いが存在するが,そうした違いは地域間の消費財構成比をいろいろに変化させることで,各地域のCO2排出パターンを特徴づけるであろう。なぜなら,これまでの研究から消費財ごとにそれを作る過程で引き起こされるCO2負荷がかなり違うことが指摘されるからである。そこで本論では1990年(平成2年)について,環境分析用産業連関表から計算されたCO2排出点数表を,家計調査年報の「都市階級・地方・都道府県庁所在都市別年間の品目別消費金額」データにあてはめ,上述のような違いを観察することを試みた。以下の節ではまず第2節で,環境分析用産業連関表およびCO2排出点数表について簡単に説明した上で,第3節で本研究のために行った計算の方法とその結果を報告し,最後に第4節で今後への課題を述べる。
表紙上部に"日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業複合領域「アジア地域の環境保全」"の表示あり