プラントハンティングと植物画
18世紀の西欧では、産業革命の進展とともに自然科学が盛んになりました。植物学の分野でも、新たな植物を採集しようとプラントハンターと呼ばれる人々が探検を開始します。プラントハンターは西欧に多くの植物をもたらし、植物学の発達とともに植物園や園芸が発展するようになりました。
このページでは、国立国会図書館所蔵資料から、主にイギリスにおいてプラントハンターがもたらした植物を、当時出版された植物画譜や雑誌等からご紹介します。
I. 近代プラントハンティングの幕開け―キャプテン・クックの航海とバンクス―
1768年、キャプテン・クック(James Cook, 1728-79)は第1回の太平洋探検の航海に出発し、南米大陸最南端ホーン岬からニュージーランド、オーストラリア、ニューギニア、ジャワ等を通過し、喜望峰を北上して1771年に帰港しました。この航海に参加した植物学者のジョゼフ・バンクス(Joseph Banks, 1743-1820)らは、訪れた大陸や島々の植物を採集・記録し、約5,000種30,382点に及ぶ標本を持ち帰りました。
キャプテン・クック
ジョゼフ・バンクス
バンクス植物図譜
採集した植物を図化するため、随行した画家シドニー・パーキンソン(Sydney Parkinson, 1745-71)に水彩画を描かせました。しかし、パーキンソンは航海中に亡くなり、また、図譜もバンクスの生前に出版されることはありませんでした。
Illustrations of the botany of Captain Cook's voyage round the world in H.M.S. Endeavour in 1768-71 / by Sir Joseph Banks and Daniel Solander.
Illustrations of the botany of Captain Cook's voyage round the world in H.M.S. Endeavour in 1768-71 / by Sir Joseph Banks and Daniel Solander.
航海から200年もの歳月を経た1980年代には、大英博物館に保管されていた銅板を用い、700枚を超す多色刷り銅版画の図譜が製作されました。
バンクスの名が冠された植物たち
バンクスが採集したことにより、学名として「バンクシア属」が命名されたほか、バンクスにちなんだ学名を持つ植物が数多く存在します。
Banksia Aemula - ワラム・バンクシア(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1826年 53巻 2671図)
Banksia Integrifolia - コースト・バンクシア(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1827年 54巻 2770図)
Pterostylis Banksii - (Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1832年 59巻 3172図)
II. プラントハンターの派遣―18世紀から19世紀初頭を中心に―
クックの第1回航海から帰国したバンクスは、キュー王立植物園(Royal Botanical Garden, Kew)の管理を任されるようになり、自分の代わりに植物採集を行うプラントハンターを送り出しました。1772年にフランシス・マッソン(Francis Masson, 1741-1805)が公式のハンターとして送り出され、その後も多くのハンターが各地に出かけました。ハンターたちの活躍によって、多くの植物が世界各地からイギリスに移植されました。
ヴィクトリア女王時代(1819-1901)に入ると、大英帝国の覇権が実現し、珍奇種を求めるだけでなく、植物資源を探るプラントハンターが大々的に世界各地に派遣されるようになります。イギリスの海外進出先の植物園とイギリス本国の植物園の間でネットワークが形成され、現地栽培された多くの植物がイギリス本国に移植されるようになりました。この中枢を担ったのがキュー植物園でした。
プラントハンターが各地で採集した植物たち
(A)オーストラリア・ニュージーランド・南太平洋の植物
Dendrobium Speciosum - ロックラン(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1831年 58巻 3074図)
Nymphaea Gigantea - 巨大なスイレン(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1852年 78巻 4647図)
Correa Cardinalis - 緋色の花コレア(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1856年 82巻 4912図)
Eucalyptus Splachnicarpon - ガムツリー(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1843年 69巻 4036図)
(B)中央・東南アジアの植物
Lilium Martagon - マンタゴンリリー又はタークのキャップユリ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1806年 23巻 893図)
Coffea Benghalensis - ベンガルコーヒー(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1856年 82巻 4917図)
Mangifera Indica - マンゴー(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1850年 76巻 4510図)
Garcinia Mangostana - マンゴスチン(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1855年 81巻 4847図)
(C)ヒマラヤの植物
Rhododendron Campanulatum - ベルシャクナゲ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1840年 66巻 3759図)
Meconopsis Simplicifolia - (Illustrations of Himalayan plants【YP51-A239】8図)
Aucuba Himalaica - ヒマラヤアオキ(Illustrations of Himalayan plants 【YP51-A239】12図)
Rheum Nobile - セイタカダイオウ(Illustrations of Himalayan plants 【YP51-A239】19図)
(D)アフリカの植物
Strelitzia Reginae - ゴクラクチョウカ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1791年 4巻 119図)
Coffea Arabica - コーヒーの木(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1810年 32巻 1303図)
Gladiolus Psittacinus - (Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1830年 57巻 3032図)
Ansellia Africana - アンセリア・アフリカナ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1857年 83巻 4965図)
(E)北アメリカの植物
Lathyrus Decaphyllus - (Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1832年 59巻 3123図)
Aristolochia Grandiflora - ペリカンバナ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1848年 74巻 4368-9図)
Salvia Carduacea - シスルセージ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1855年 81巻 4874図)
Collinsia Verna - 青い目のメアリー(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1856年 82巻 4927図)
(F)南米の植物
Bromelia Ananas - パイナップル(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1813年 38巻 1554図)
Cactus Polyanthos - サボテン・ポリアントス(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1826年 53巻 2691図)
Desfontainia Spinosa - チリのヒイラギ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1854年 80巻 4781図)
Brownea Grandiceps - オオホウカンボク(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1855年 81巻 4839図)
(G)中国・日本の植物
Camellia Japonica - ヤブツバキ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1788年 2巻 42図)
Saxifraga Sarmentosa - ユキノシタ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1789年 3巻 92図)
Lilium Japonicum - ササユリ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1813年 38巻 1591図)
Thea Viridis - チャノキ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1832年 59巻 3148図)
III. キュー植物園と『ボタニカル・マガジン』
キュー植物園は1759年にジョージ3世の母オーガスタ夫人が造園し、「地球上のあらゆる植物を植えることが望ましい」と語ったといわれています。その後ジョージ3世の時期にバンクスの管理下で植物を収集して王立植物園となりますが、後に国営化されました。1841年初代園長に就任したフッカーは大英帝国植物園の中心として植物資源の調査・研究にあたりました。現在においても、キュー植物園は世界に誇る植物研究の殿堂となっています。
植物画の世界では、従来の原寸サイズで描く方式からコンパクトなサイズで描く雑誌が1787年に創刊されました。当時の園芸ブームの中で発刊されたウィリアム・カーティス(William Curtis, 1746-1799)編集の『ボタニカル・マガジン』(Botanical magazine)です。この雑誌は主に外来種・希少種の花を鮮やかな色彩を施した図版で紹介することを目的とし、現在まで刊行されています。カラー図版入りの科学定期刊行物として高い水準を維持し、図版の美しさは人々の目を楽しませてくれています。創刊から165巻までのすべての図版は手彩色され、166巻からは四色グラビア(凹版)印刷法が採用されています。
イギリスの植物図譜と画家たち
ジェームズ・サワビー(James Sowerby, 1757-1822)
1787年にカーティスと契約し、『ボタニカル・マガジン』の4巻までに70点を作画。
Dodecatheon Meadia - アメリカン・カウスリップ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1787年 1巻 12図)
Iris variegata - ハンガリーのアイリス(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1787年 1巻 16図)
Tropaeolum majus - キンレンカ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1787年 1巻 23図)
Convolvulus tricolor - セイヨウヒルガオ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1787年 1巻 27図)
フェルディナント・バウアー(Ferdinand Lucas Bauer, 1760-1826)
バンクスの推薦でオーストラリア探検に参加し、動植物画を描いた。
Banksia coccinea - バンクシア・コクシネア(Ferdinandi Bauer Illustrationes florae Novae Hollandiae【YP51-A150】)
stylidium Violaceum - バイオレットトリガープラント(Ferdinandi Bauer Illustrationes florae Novae Hollandiae【YP51-A150】)
Aneilema Crispata - ポリマ・クリスパータ(Ferdinandi Bauer Illustrationes florae Novae Hollandiae【YP51-A150】)
Cartonema Spicatum - (Ferdinandi Bauer Illustrationes florae Novae Hollandiae【YP51-A150】)
ウィリアム・ジャクソン・フッカー(William Jackson Hooker, 1785-1865)
1841年にキュー植物園長に就任。『ボタニカル・マガジン』に640枚の作画あり。
Calceolaria Plantaginea - キンチャクソウ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1828年 55巻 2805図)
Lycopersicum Peruvianum - 野生種トマト(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1828年 55巻 2814図)
Tillandsia Psittacina - エアープランツチランジア(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1828年 55巻 2841図)
Gloxinia speciosa, var. albiflora - グロキシニア・スぺシオサ変数・アルビフローラ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1833年 60巻 3206図)
ウォルター・フッド・フィッチ(Walter Hood Fitch, 1817-1892)
1841年よりキュー植物園の主任画家として『ボタニカル・マガジン』の作画に携わる。
Pleroma Benthamianum - ベンサム氏のプレローマ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1843年 69巻 4007図)
Myanthus Barbatus
Cereus Ackermannii - ディソカクタス・アッカーマンニー(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1837年 64巻 3598図)
Dombeya Cannabina - ドンベヤ・カンナビナ(Curtis's Botanical Magazine 【Z53-L121】 1837年 64巻 3619図)
参考文献
- 川島昭夫 著, "植物園の世紀 : イギリス帝国の植物政策 : botanical garden in 1759-1820" (共和国 2020)
- "英国キュー王立植物園 : 庭園と植物画の旅" (平凡社 2019)
- ウィルフリッド・ブラント 著 et.al, "植物図譜の歴史 : ボタニカル・アート:芸術と科学の出会い 新版" (八坂書房 2014)
- キャロリン・フライ 著 et.al, "世界植物探検の歴史 : 地球を駆けたプラント・ハンターたち : ヴィジュアル版" (原書房 2018)
- キャロリン・フライ 著 et.al, "世界植物探検の歴史 : 地球を駆けたプラント・ハンターたち : ヴィジュアル版" (原書房 2018)
- スチュアート・デュラント, クリストファー・ミルズ, 大場秀章 著 et.al, "イングリッシュ・ガーデン : キュー王立植物園所蔵 : 英国に集う花々" (求龍堂 2014)
- 大場秀章 著, "植物学と植物画" (八坂書房 1996)
- 荒俣宏 著, "花の図譜ワンダーランド" (八坂書房 1999)
- 川島昭夫 著, "植物と市民の文化" (山川出版社 1999)
- 遠山茂樹 著, "森と庭園の英国史" (文藝春秋 2002)
- 石倉和佳 編, "ガーデン研究会ジャーナル 1 (2015)" (ブックウェイ 2015)
- キュー王立植物園ホームページ