Comintern Archives: Files of Communist Party of Japan

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憲政資料室 作成

資料群名(日本語)
コミンテルン文書―日本共産党ファイル
請求記号
YF-A22
資料形態
マイクロフィルム
数量
132巻
主言語
ロシア語, 英語, 日本語, ドイツ語
主な内容
ロシア国立社会政治史文書館の分類でFond 495、opis' 127 delo(file) 1-616の616ファイル。
このopis'127は、日本共産党幹部からコミンテルンへの報告書・書簡等、コミンテルンから日本共産党へのテーゼ・指示・書簡等、新聞雑誌記事等をはじめとした日本の情勢に関する各種情報、日本共産党関連の出版物等が収められている。その一方、コミンテルンの各機関の会議記録等は別の個所(fond、opis')に綴じ込まれており、このopis'中にはほとんど含まれていない。
収録文書の期間は、1916年から1941年であるが、1916年の文書は日露同盟協約書で、実質的には1920年から1941年である。日本共産党が国内での活動を停止した1936年以降は、日本の情勢に関する各種情報が中心となる。延安の日本人に関する文書も若干含む。
Opis'中の全616のdelo(file)のうち、delo 1からdelo 583までのファイルは、案件ごとのファイルでほぼ収録文書の作成年月順に並べられている。それ以外のファイルのうちdelo 595からdelo 615までには、日本共産党機関紙誌等の逐次刊行物が収められている。
収録文書は、ロシア語、英語、ドイツ語、日本語、フランス語で書かれた文書を含んでいる。日本語の文書は、刊行物以外は手書きである。日本から、コミンテルンにいる日本人に向けた書簡や報告には、日本語で書かれたものが少なくないが、それらについては、ロシア語及び英語の翻訳が作成・添付されている場合が多い。
歴史
コミンテルン(Коммунистический Интернационал(共産主義インターナショナル)の合成語)は、ボルシェビキ党が1919年3月に創立した各国共産党の国際組織(本部 モスクワ)。支部と位置づける各国共産党に対し、指導と援助を行った。ソ連の第二次世界大戦参戦後の1943年6月解散し、その活動はソ連共産党中央委員会国際情報部に引き継がれた。
日本との関係では、1920年前後から密使の派遣等により共産党創設の働きかけを行い、その結果1921年又は1922年(両説あり)に堺利彦、山川均、近藤栄蔵、高津正道らにより日本共産党が設立された。しかし、1923年6月の第一次共産党検挙と同年9月の関東大震災による党勢弱体化のなか、党内では時期尚早論が支配的になり、1924年には解党した。
コミンテルンは、その後直ちにその再建を促し、1926年12月に佐野学、徳田球一、鍋山貞親、福本和夫、佐野文夫らにより同党は再建され、分離結合論を唱える福本の路線が採択された。ところが翌1927年に党幹部がモスクワに呼ばれ、コミンテルン執行委員会日本書記局の会議でこの福本の路線は斥けられ、代わって、まずは君主制廃止によるブルジョア民主主義革命をめざすブハーリン起草の「27年テーゼ」が採択された。さらに1932年にはブハーリン派は排斥され、二段階革命方式の「27年テーゼ」に代わり、社会主義革命一段階の方式をとる「32年テーゼ」が新たに採択された。以後、日本共産党は、この「32年テーゼ」に依拠して活動したが、政府の厳しい弾圧により1937年以降国内での活動を停止した。野坂参三ら少数の活動家は、モスクワ、アメリカ、延安に活動の場を見出した。
原所蔵機関
この文書は、コミンテルン執行委員会文書館から党中央文書館に引き継がれ、1991年10月からモスクワのロシア国立社会政治史文書館(Российский государственный архив социально-политической истории(РГАСПИ))で所蔵。
ロシア国立社会政治史文書館は、1999年3月にロシア現代史保存研究センター(РЦХИДНИ)と全ソ連共産青年同盟中央文書館(ЦА ВЛКСМ)の後身青年団体文書保存センター(ЦХДМО)とが合併して設立されたもの。このうちのロシア現代史保存研究センターは、1991年8月に国営化された旧ソ連共産党の党中央文書館(何回か名称が変更されているが、1956年から1991年3月まではマルクス・レーニン主義研究所党中央文書館(ЦПА ИМЛ))所蔵の文書を基にして同年10月に設立されたもので、その所蔵文書は、1991年12月から一般公開されている。
詳細はАрхивы России(ロシアのアーカイブ)Leave the NDL website. 及びArcheoBiblioBase: Archives in RussiaLeave the NDL website. を参照。
受入
オランダのIDC社が2004年にこの文書をマイクロフィルム化して出版し、当館では2005年度に購入した。
検索手段
関連資料
  • ロシア国立社会政治史文書館には、この文書以外に、Fond 495 opis'2 執行委員会幹部会、同3 執行委員会政治書記局、同16 クーシネン書記局、同18 執行委員会書記局、同59 日本委員会、同74 ディミトロフと各国共産党指導部との往復書簡、同154 執行委員会東方書記局、同164 執行委員会第7回拡大大会、同280 執行委員会党大会、同491 コミンテルン第4回大会、Fond 521 opis'1 片山潜個人文書にも日本関係文書がある(G. アジベーコフ、石井規衛、冨田武、横手慎二、和田春樹「コミンテルンと日本共産党 1917-1941」(『ソ連共産党、コミンテルンと日本、朝鮮』文部省科学研究費補助金研究成果報告書 1999 所収) p. 27 による)。
  • Archives of the Soviet Communist Party and Soviet State.(図書別室所蔵 YE-A4)
    ※このロシア現代史保存研究センターの文書を含むロシアのいくつかの公文書館の共産党関係文書の目録。1990年代に米国スタンフォード大学フーバー研究所がマイクロフィルム化して出版したもの。しかし、このフィルムには、本文書を含むFond 495や片山潜個人文書を含むFond 521の目録は収められていない。
関連文献