戦後ニ於ケル国民貯蓄増強方針ニ関スル件
閣議決定年
昭和20年9月11日 閣議決定
収載資料:昭和財政史 終戦から講和まで 第17巻 大蔵省財政史室編 東洋経済新報社 1981 pp.181-182 当館請求記号:DG15-19
戦争終結ノ大詔渙発セラレ帝国ハ有史以来ノ難局ト称スベキ戦後経営ニ直面スルニ立至リタル処通貨膨脹ノ趨勢ハ現在既ニ相当顕著ニシテ而モ今後傷痍軍人及遺家族並ニ戦災者等ノ援護、戦災地ノ復旧、産業ノ転換、復旧、賠償義務ノ履行等ノ関係ヨリ引続キ巨額ノ資金ノ放出ヲ要スベク一方租税収入ハ大ナル増加ヲ期待シ難ク、民需物資ノ急激ナル増加モ亦遽ニ望ミ難カルベシ、之ニ対シ政府ハ戦後財政ノ処理ニ当リ極力歳出ノ圧縮ニ努メ資金ノ放出ヲ抑制スルト共ニ民需物資ノ増産、配給並ニ物価、労務、輸送等ノ面ニ夫々適切ナル方策ヲ実施シ以テ通貨膨脹ノ悪影響ヲ防止スベキハ勿論ナルモ金ト物トノ不均衡ハ尚相当久シキニ亘リ持続スルモノト認ムルノ外ナキヲ以テ之ガ調整ニ任ズル貯蓄ノ役割ハ戦後ニ於テ毫末モ減ズルモノニ非ザルコト明白ナルベシ
顧ミレバ支那事変勃発以来八年此ノ間国民ハ克ク勤労ニ励ミ節約ニ努メ千七百億円ノ資金ヲ蓄積シタルガ、今若シ戦争ノ終結ニ伴ヒ貯蓄ニ対スル努力ヲ緩ムルガ如キコトアランカ、通貨膨脹ノ趨勢ハ拍車ヲ加ヘラレ金ト物トノ不権衡ハ増大シ物価ハ更ニ騰貴ヲ重ネ国民生活ヲ層一層困窮ニ陥レ帝国将来ノ再建ニモ重大ナル支障ヲ及ボスニ至ルベシ、特ニ少カラザル資源ヲ失ヒ今後国際貿易ニ依存スル所多大ナルベキ帝国トシテハ輸出力増進ノ為ニモ物価ハ極力之ヲ低位ニ維持スベキコト留意ノ要アルベシ
仍テ皇国ノ護持、新日本ノ建設、悪性「インフレーション」ノ防止ヲ目標トシテ大体左記方針ニ拠リ此ノ際一層国民貯蓄ノ増強ニ努ムルモノトス
一、経済秩序ヲ維持シ皇国ヲ護持スル為ニハ貯蓄増強ノ依然トシテ必要ナル所以ヲ理解セシメ国民ノ心ヨリノ協力ヲ促進スルコト
特ニ貯蓄ノ実践ハ国民各自ノ生活ト資産トヲ共同シテ防護シ道義日本建設ノ一方途ナルコトヲ徹底セシムルコト
二、所謂悪性「インフレーション」ハ国民ノ協カアルニ於テハ防止可能ナル所以ヲ知悉セシムルコト
三、国民一般ニ対シ大詔ノ御趣旨ヲ奉ジ凡ユル苦難ヲ忍ビ今後ニ於テモ貯蓄ニ対スル努力ヲ聊モ緩メザル様要請スルコト
四、従来ノ貯蓄政策ニシテ時局ノ変転ニ伴ヒ不適当トナレルモノニ付テハ此ノ際速ニ改廃ヲ行フト共ニ現段階ニ適応スル新ナル構想ヲ加ヘタル施策ヲ敢行スルコト
戦後ニ於ケル国民貯蓄増強方策
戦後ニ於ケル国民貯蓄ノ増強ニ関シテハ新事態ニ適応スル新鮮ナル企画ヲ案シ特ニ他ノ経済諸施策ト緊密ナル連絡ヲ採リ且国民心理ノ動向ニ深ク留意シ単ニ其ノ量ノ増加ニ満足スルコトナク其ノ質ノ向上ニ付格別ノ努力ヲ傾倒シ以テ所期ノ目的ヲ達成セサルヘカラス之カ為採ルヘキ方策概ネ次ノ如シ
一、戦後悪性「インフレ」発生ノ危険アルコト、政府ノ適切ナル施策ト国民ノ協力アルニ於テハ其ノ防止ノ十分可能ナルコト等ヲ理解納得セシムルコト
二、経済秩序ノ維持ハ皇国護持ノ基底ナルコト及貯蓄ノ増強ハ全国民ノ協カニ依リテ各自ノ生活ト資産トヲ防衛シ同時ニ健全ナル家庭ヲ育成スル手段ナルコト従ツテ新日本ノ基本条件タル道義的平和的社会建設ノ方途ニ外ナラサルコトヲ徹底セシムルコト
三、貯蓄増強運動ノ展開ニ当リテハ国民ノ自発的協力、民間ニ於ケル工夫着想等ヲ基調トスルコトニ留意スルト共ニ出来得レハ此ノ際悪性「インフレ」防止ノ一大国民運動ノ展開ヲ促進スルコト
四、大政翼賛会、大日本婦人会、大日本青少年団等ノ解散職域地域ニ於ケル構成員ノ激変等ニ依リ貯蓄推進ノ下部機構ハ相当弱クナレルヲ以テ新タナル角度ヨリ之カ再整備ヲ図ルコト
五、貯蓄ハ凡テ貯蓄取扱機関ノ取扱フモノナルニ不拘之カ受入体制ハ戦時中諸般ノ事情ニ依リ著シク不備トナリ為ニ貯蓄増強ニ与ヘタル障害真ニ測リ難キモノアリ、殊ニ新観念ニ基ク貯蓄ノ増強ニ当リテハ此ノ方面ノ担当スル責務ハ倍加セラルルコトトナルヲ以テ事務刷新、店舗ノ増設、集金制度ノ再開其ノ他貯蓄者ニ対スル便宜供与ニ専心セシメ進ンデ貯蓄吸収ニ対スル責任体制ノ確立ヲ図ルコト
六、勤労ト節約コソ帝国再建ノ根底ナルコトヲ思ヒ大詔ノ御趣旨ヲ奉戴シテ戦争中習得セル簡素剛健ノ生活ヲ持続スルハ勿論物資ノ愛護活用等ニモ努力ヲ続ケ新タナル生活設計ノ下常ニ貯蓄源泉ノ涵養ニ努ムルノ風ヲ助長スルコト、尚コノ精神ハ之ヲ個人ニ止ムルコトナク弘ク国公共団体法人其ノ他ノ諸団体ニ及ホスヘキハ言ヲ待タサルコト又今後ハ勤労能力アルニ不拘既成貯蓄ノ済崩シニ依リ徒食セントスル者ノ輩出ヲ予想セラルルニヨリ既成貯蓄ノ保存ヲ奨励シ必要アラバ之ニ対シ特別ノ方法ヲ考慮スルコト
七、所謂割当貯蓄若ハ組合貯蓄制度ニ関シテハ一部ニ議論ノ存スル所ナルモ「インフレ」防止ニ効果多キ手段ナルハ否ミ難キモノアルヲ以テ引続キ実施スル一方実情ニ即シタル応能実践ノ徹底ニ更ニ一段ノ努カヲ払フコト尚此等ノ制度ハ其ノ内容ニ於テ整理統合等ヲ可トスヘキモノヲ含ムヤニ認メラルルカ今直ニ之ヲ行フハ国民貯蓄カ一層重要性ヲ加ヘタルコトヲ国民ニ徹底セシムル上ニ於テ相当ノ障害ヲ来タスノ虞アルヲ以テ彼此勘案検討シツツ順次改変ヲ行フコト
八、国民各階層ノ所得分布ハ今後更ニ著シキ変動ヲ予想セラルル処従来所謂新興所得階層ニ対スル貯蓄推進ノ不徹底ナリシニ鑑ミ常ニ所得ノ変動ニ注意シ戦時中ノ轍ヲ繰返ヘササルコトニ格別ノ努力ヲ致スヘキハ勿諭ナルカ所得ノ減少スル向モ亦帝国ノ再建ハ全国民ノ一致結束ノ外途ナキコトヲ思ヒ貯蓄ニ対スル従来ノ努力ヲ弱ムルカ如キコトナキ様其ノ奮発ヲ要請スルコト
九、全国画一的ナル資金吸収方法ノ外地方的ニ夫々実情ニ即セル方法ヲ考案セシメ場合ニヨリテハ其ノ吸収セル額ノ一部ヲ当該地方ノ復興資金ニ充当セシムルカ如キ方途ヲ講スルコト
一〇、戦時ニ於テ現金使用ヲ余儀ナクセラレタル特殊事情ハ漸次解消セラルヘキヲ以テ此ノ機会ニ於テ極カ現金ノ使用節約ニ効果アル方法ヲ講シ手持現金ノ減少ニ費スルコト
一一、貯蓄ニ対スル興味ヲ増大シ国民生活明朗化ノ一助トシテ各種ノ国有財産、電話、住宅其ノ他所謂物ト結付キタル貯蓄等ヲ新設スルコト
一二、富籤ニ付種々工夫ヲ加へ之ヲ活用スルコト