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今後の経済見通しと経済運営の基本的態度

昭和34年10月23日 閣議決定

収載資料:政審会報 4 参議院自由民主党政策審議会 1960.1 pp.1-11 当館請求記号:Z1-14

今後の経済見通し
一、世界経済の見通し
(1)予想以上の速さで上昇を続ける米国経済は、本年下期以降、さらに上昇をとげ、本年の経済成長率は、近年の好況期である一九五五年を上廻ることになろう。しかし明年は、民間の設備投資が本格的になり、数量景気は持続するであろうが、反面、均衡財政を建前とする連邦政府の支出抑制、金融引締の強化なども予想されるので、場合によつては、経済成長の速度が若干鈍化する可能性も考えられる。
(2)西欧経済は、回復から上昇への着実な歩みを進めており、国際収支はいずれも好調で、金ドル準備も漸増を続けるものと思われる。すでに一部では、財政金融面よりの政府の景気調整対策も実施されているが、全般として、本明年を通じて順調な数量景気の展開を期待することができるであろう。
(3)後進国については、その主要産品の如何によつてかなりの差はあるが、概していえば、一次産品価格は本格的立直りに至らず、その輸出はなお振わない状況にあるので、全般としては、まだ停滞の域を脱していない。明年以降、西欧向け輸出増大が期待される場合において、若干、回復の契機を把握することになろう。
(4)以上要するに、世界経済は、地域によつて速度の差はあるにせよ、本明年を通じて、おおむね景気回復から上昇へ、さらには、引き続く数量景気の展開へと着実な伸長を示すものと見込まれ、わが国の輸出貿易の環境は、概して明るいものと思われる。しかしながら、各国の輸入政策の動向にも注目を要するものがあると思われ、また明年下期以降において、一部に経済の上昇の速度が鈍化する可能性も考えられるので、わが国の輸出の伸びに対する影響については十分留意する必要があろう。

二、三十四年度上期の経済
三十四年度上期の経済は、停滞からの回復期であつた三十三年度下期の後を受けて引き続き上昇し、経済活動全体としてかなり大巾な拡大をみた。
(1)鉱工業生産は四~六月間に急上昇したが、その後を受けて七~九月間の上昇率は、相当鈍化した。しかしそれにしても上期の水準は、季節修正すると、すでに前年度平均に比べ二一%上昇の高位置となつている。
(2)上期の生産上昇を支えた要由としては、まず輸出、個人消費などの最終需要が予想以上に堅調であつたことが指摘される。
(3)設備投資については、三十三年度下期に比べ大巾な増加はみられなかつたが、経済の上昇にともなつてかなり根強い意欲がみられ、また一方において産業界における自主調整の努力があつたことは注目に値いする。
(4)在庫投資は三十三年度下期に比べるとその比重が低下しているが、上期の生産上昇を支える要因としては、なお最大のものであつたと思われる。
(5)輸出は米国向けの著しい伸びもあつて、通関で十七億ドル程度となり、前年同期比二四%の上昇となつている。一方生産の急上昇にともない、輸入数量は相当に増加しているが、主要輸入物資の価格が三十三年度下期以降低迷しているので、輸入金額の上昇は相対的には低目となつており、交易条件は戦後最良の状態となつている。このため、輸出の好調と相まつて国際収支は引き続き黒字基調にある。
(6)物価は、卸売物価で金属など強含みのものも現われてきているが、消費者物価とあわせて総合的に見れば、なお横這いの基調は崩れていない。
(7)全体として上期の経済水準は、三三年度下期に比べて著しく上昇しているが、輸出の好調、内外物価の平静などから経済情勢は落着いており、いわゆる数量景気の状態で推移したものとみられる。

三、三十四年度下期の経済
下期においては、設備投資の増加が相当程度あるものと考えられるが、反面、在庫投資については上期の横這い程度に推移するものと考えられ、輸出その他最終需要の堅実な伸びがあるとしても、需要面からみて、鉱工業生産を上期のように急激に上昇させる要因は考えられない。しかしながら下期は、設備、在庫両面の投資に対する企業の根強い意欲などからして、経済の一部に刺激的要因が現われ、金融の現在の基調から外れてこれに追随する様相になる場合には、いわゆる過熱の段階に近ずく恐れもないわけではない。したがつて、この際としては経済の推移を十分注視し、政策面から景気の動向に刺激を与えることを避けるのはもとよりであるが、とくに、金融の調節的機能を有効かつ十分に作用せしめるよう配慮することが緊要である。
この場合、企業の側においても、急激な生産の上昇、あるいは過度の投資競争に走ることのないよう慎重な態度が必要であることはいうまでもない。
その結果、とくに変動の著しい原材料在庫投資の増勢を抑制し、ひいては鉱工業生産をなだらかな上昇に推移せしめ、全体として堅実な姿をとつて経済を来年度に伸長してゆくよう、必要な政策を適切に施行する必要がある。
以上の前提に基いて下記の経済を想定すれば、おおむね下記の如くであろう。
(1)鉱工業生産は上期のような急上昇はみられないであろうが、引き続いて着実な上昇に推移し、その結果下期の水準は上期に対し八%程度、また三四年度全体としては、前年度比二四%程度の上昇となる見込みである。この場合、企業の操業度は、上期の生産急上昇によつてすでにある程度上昇しているが、技術の進歩、設備能力の増加もあつて、全般的には供給力になお余力があるものとみられ、三一年当時のような鉄鋼、エネルギーなどの面での隘路現象の発生はみられないであろう。
(2)生産上昇を支える要因は、下期では主として、個人消費、輸出、設備投資などの最終需要であると考えられる。
(3)在庫投資は、農業在庫が季節的に増加することを除けば、総体としては、上期の増資額とほば同じ程度で横這いに推移するもと思われる。その結果、三四年度の在庫投資は、おおむね六〇〇〇億円程度となる見込みである。
(4)一方、設備投資は、今後に増勢が強まると思われるが、年初における自主調整の線が保持されるものとして、年度全体としては一兆七千二百億円程度に落着く見込みである。
(5)輸出は上期の水準よりさらに増加し、一方、輸入も数量の増加と価格の微騰によつて増加が見込まれるが、国際収支の黒字基調は依然として続き、年度全体としての国際収支の黒字は、実質で二億ドル程度となる見込みである。
(6)農業生産は豊作などにより、前年度を三%以上上廻る見込みである。また水産も前年度に引き続いて上昇し、林産も増産基調に転ずるものと期待できるので、農林水産総合でも、前年度を三%程度上廻るものと見込まれる。これに加えて農業外収支の堅調な伸びが期待できるので、農家経済は着実に向上することとなろう。
(7)物価は、一部に強含み傾向のものもみられるが、全体としては横這いで推移する見込みである。
(8)また経済全体の好調を反映して雇用面の改善も著しく、年度を通ずる雇用者数の増加は一二〇万人程度に達すると見込まれる。一部石炭関係などについて暗い面もみられるが、一般に雇用情勢は求人の増加と求職の減少によつて、良好な状態を持続するものと思われる。
(9)国内輸送は、個人消費及び生産水準の上昇により、三四年度全体として前年度に比べて、旅客七%、貨物一二%程度の伸びが見込まれる。秋冬繁忙期における国鉄貨物輸送は、地域によつてはある程度の逼迫が予想されるが、輸送力が増強されているので、全般としては、三一年度におけるような隘路現象はみられないであろう。
(10)以上から、三四年度の国民総生産の伸率は、実質で一一%程度のものとなる見込みである。

四、三十五年度の経済
消費内容の変化に根ざした個人消費の伸長、世界経済の数量景気展開にともなう輸出貿易の増加、技術革新に支えられた活発な投資活動など、三四年度の目覚ましい経済成長の背景となつた経済情勢の後を受けて、三五年度経済は、全般として着実な上昇基調にあるものと思われる。
しかしながら、三四年度下期の情勢の後を受けて、三五年度においても引き続き一部の刺戟的要因についてはその動向を十分注視する必要があり、したがつて、政策の基調としては、三四年度の基調を変えることなく、さらに、経済情勢の変化に応じて弾力的に運用されるべきものと考える。
以上を前提として三五年度の経済を想定すれば、おおむね次の通りである。
(1)鉱工業生産は、三四年度下期の高い水準からさらに引き続き上昇し、三四年度水準に比し一一%程度の上昇となる見込みである。
(2)在庫投資は三四年度における推移の後を受けて、三五年度の経済成長にほぼ見合つた投資が行われるものと考えられ、投資額としては、三四年度と同じ程度になる見込みである。
(3)設備投資は、基幹産業の継続投資をはじめ、合理化投資、技術革新投資もなお根強いものがあるので、三四年度より一〇%以上高い水準に達するものと見込まれる。
(4)個人消費は、引き続き堅調に推移する見込みである。
(5)輸出は、なお増加傾向にあるが、三四年度の急増の後を受けて、その増加の巾は、若干狭くなるであろうが、一方、輸入も、若干の価格上昇を見込んでも、その増加は、ほぼ輸出の増加に見合う程度となり、貿易外を含む全体の国際収支の黒字の巾は、実質でおおむね一億八千万ドル程度となる見込みである。
(6)農林水産生産は、米作については、引き続いて相当高い生産が見込まれる上に、水産、林産においても増産の傾向が持続されるので、総合すると、三四年度の高い水準からさらに生産の上昇を期待することができる。
(7)物価は、設備投資の引き続く順調な上昇による供給力の漸増もあつて、需給の逼迫するような事態は考えられないので、総体としては、おおむね横這い傾向をたどることとなろう。
(8)雇用面において、雇用者数の増加は、約九四万人と三四年度よりやや減少する見込みであるが、新規学卒者の減少から全体としての雇用情勢は、一部石炭関係などを除き、引き続き順調な推移を示すものと思われる。
(9)国内輸送は、最終需要の着実な伸びを反映して、旅客、貨物とも、それぞれ八%程度増加するものと見込まれる。
(10)以上から三五年度の国民総生産の伸率は実質で六.六%程度のものとなる見込みであるが、三四、三五両年度を通じてみれば八%以上の伸び率となり、相当高い経済成長を達成することとなる。
(11)三五年度の経済成長率は、三四年度に比べると相当鈍化することとなるが、これは、三四年度においては、在庫投資が急激に伸びることの結果、経済の成長率に大きな影響を与えることとなるのに比べ、三五年度においては、在庫投資が三四年度の投資規模程度に止まることとなつて、この面からは経済の成長率にはほとんど影響しないことになる結果である。しかしながら、個人消費、輸出設備投資など、最終需要については、三四年度からさらに着実な上昇を示すものと思われ、三五年度の全般を通ずる経済の基調は、引き続いて堅実な上昇気運のうちに推移することとなろう。
しかして、このような堅実な経済上昇の見通しについては、前提となる政策の基調が保持される必要のあることはいうまでもない。

経済運営の基本的態度
今後における経済運営の基本的態度としては、本年当初以来、かなり早い速度で上昇し、さらには、数量景気へと展開してきたわが国経済について、その長期にわたる安定的成長のための基盤の充実をはかることはもとよりであるが、経済の内部に包蔵しているややもすれば行き過ぎ的傾向となる要因を十分に注視しつつ、全体として堅実な姿をとつて、今後に伸長してゆくようつとめるものとし、以下の諸点を置くものとする。
(1)中央および地方を通じて健全財政を堅持し、財政面から景気動向に刺戟を与えることを避けるとともに、財政支出および財政投融資が緊急部門に重点的かつ効率的に投入されるよう配慮するものとする。
(2)民間の投資が適正な規模で効率的に遂行され、その投資活動の過度の変動を防止して経済の着実な伸長をはかるため、企業の合理的な投資調整と金融機関の慎重な態度に期待するとともに、金融が有効な調節的機能を発揮しうるよう金融政策の弾力的運用をはかるものとする。
また物価については、その部分的局面における動向に留意しつつ、平穏な基調の堅持につとめるものとする。
(3)世界経済の動向に即しつつ、経済協力および技術協力の推進と相まつて、輸出貿易の一層の拡大をはかるとともに、為替および貿易の自由化を促進することとし、これがため国内産業の整備体制と、わが国経済の国際協力の涵養につとめるものとする。
(4)当面の災害復旧に施策の重点を指向するとともに、治山、治水など災害防除のための基盤の整備強化につとめるものとする。
(5)一般の経済発展に立ち遅れた部門に対する公共的投資の充実をはかり、産業発展の基盤の整備と生活環境の改善に資するものとする。
(6)科学技術の振興につとめ、とくに科学技術教育の推進をはかるものとする。
(7)産業の体質を改善して、その合理化、近代化をさらに強力に進めるとともに、一層企業資本の充実をはかるものとする。
なお石炭、海運など根本的合理化の要請される部門については、その合理化計画の進展とあわせ、離職者対策、企業基盤の強化など必要な施策を推進するものとする。
(8)農林水産業については、生産基盤の整備拡充と生産の近代化を着実に推進するものとし、また、中小企業については、引き続きその組織化、近代化をはかり、経済全般の均衡ある発展につとめるものとする。
(9)雇用機会の増大と雇用内容の近代化につとめ、とくに産業間労働力の推移の円滑化を期するとともに、社会保障対策の充実をはかり、国民生活の均衡ある向上に資するものとする。