自動車工業確立ニ関スル件
閣議決定年
昭和10年8月9日 閣議決定
収載資料:商工政策史 第13巻 通商産業省 商工政策史刊行会 1979.3 pp.452-453 当館請求記号:509.1-Tu783s
自動車工業ハ単ニ機械工業ノミナラズ一般工業ノ基礎ヲ為ス工業ニシテ交通上並ニ産業上最重要ナル地位ヲ占メ、之ガ発達ノ如何ハ我国工業ノ振興上極メテ重大ナル影響ヲ有スルモノナルガ、其ノ反面ニ於テ斯業ハ又軍備ノ機械化ノ必要ニ伴ヒ益々其ノ繁要度ヲ増大シ国防上最重要ナル意義ヲ有シ須臾モ之ヲ忽ニスルコトヲ許サザルモノニシテ我国自動車工業ノ確立ハ刻下ノ急務ナリトス
然ルニ本邦ニ於ケル自動車工業ノ現状ハ未ダ頗ル幼稚ニシテ諸外国ノ夫レニ此(国立国会図書館注:原資料ママ)シ著シク遜色アルコトハ産業上並ニ国防上最遺憾トスル所ナリ
政府ニ於テハ夙ニ茲ニ鑑ミル処アリ大正ノ中葉以来軍用車ヲ中心トシテ斯業ノ発達ヲ図リ、特ニ昭和六年以降ニ於テハ所謂一屯半乃至二屯級ノ中級車ノ製造助成ニ努メ斯業ノ確立ニ関シ種々画策シ来レルモ、其ノ後経済上並ニ国防上ノ事情ニ大ナル変化ヲ生ジ現在ノ情勢ニ於テハ一般ニ最需要ノ多キ「フォード」、「シボレー」級ノ所謂大衆車ノ製造事業ノ確立ガ最必要トセラルルニ至レリ
而シテ右ノ如キ自動車工業ノ確立ノ要点ハ単ニ自動車ノ組立ノミナラズ重要ナル原料材料及部分品ノ製造工業ヨリ自動車ノ組立工業ニ至ル迄之ヲ我国内ニ確立スルコトヲ目標トスベキモノニシテ、之ガ確立ニ当リテハ国民経済ニ重大ナル負担ヲ負ハシムルコトナク然モ最短ノ期間内ニ其ノ実現ヲ図ルコトヲ要諦トセザルベカラズ
然ルニ自動車工業ハ其ノ本質上如上ノ産業的見地ノ外ニ国防上ノ要求ヲ加味シテ斯業確立ニ関スル国策ヲ樹立スルコトヲ必要トスルモノニシテ、其ノ資本ヨリ技術ニ至ルマデ悉ク国内ノモノノミニ依リ之ヲ確立スルコトノ最望マシキコトハ言ヲ俟タザル所ナリト雖モ我国今日ノ工業発達ノ程度ヲ以テスレバ尚之ガ為ニハ相当ノ長年月ヲ要シ更ニ国民経済ニモ少カラザル負担ヲ為サシムルコトヲ覚悟セザルベカラズ、故ニ充分発達セル製造及販売ニ関スル外国ノ技術並ニ便益ヲ利用スルコトモ亦大ニ考慮ヲ払フノ要アリ即産業上国防上ノ要求、内外ノ情勢ヲ較量按画シ現状ニ即シテ最堅実妥当ナル方策ヲ以テ本工業ヲ指導スルコトヲ要ス
更ニ所謂大衆車ノ製作ニ従事スル自動車工業ノ本格的確立ハ大量生産ヲ基礎トスルコトヲ絶対ニ必要トスルモノナルガ我国ニ於ケル大衆車ノ需要数ハ目下ノ処年約二、三万台ノ程度ナルヲ以テ大量生産ノ基礎ヲ維持シ斯業ノ健全ナル進歩発達ヲ期スルガ為ニハ従ニ多数企業ノ乱立スルコトヲ厳ニ防止シ斯業ノ安定ヲ図ルノ要アリ
翻テ我国ノ現状ヲ見ルニ一面ニ於テハ最有力ナル外国会社系ノ自動車組立工業ガ存在シ我国大衆車ノ殆ド全部ヲ供給シ居ルノ実状ナルガ他面ニ於テ相当大規模ニ大衆車ノ製造計画ヲ有シ現ニ之ヲ進メツツアル者ニ現在ノ処日産自動車株式会社及株式会社豊田自動織機製作所ノ二者アリ、而シテ其ノ計画ハ何レモ未ダ完成ノ域ニ達シ居ラズ更ニ数段ノ努力ト犠牲トヲ必要トスルノ現状ニ在リ若シ外国系会社ノ事業ヲ自由ニ放任シ其ノ拡大強化ヲ黙視スルニ於テハ我国産自動車工業ハ其ノ圧迫ヲ受ケテ事業ノ成立不可能トナルベキハ火ヲ賭(国立国会図書館注:原資料ママ)ルヨリモ明ナルヲ以テ之ガ対策ヲモ併セ考究スルト共ニ前二会社ノ計画ニ係ルモノノ如キ幼稚ナル国産自動車工業ニ対シテモ其ノ計画ニシテ適切妥当ナルニ於テハ指導助成ノ方策ヲ講ズルノ要アリ、而シテ我国斯業ガ資本又ハ技術ノ関係ニ於テ外国会社ト提携スルガ如キ場合ニ在リテモ企業ノ支配権ヲ日本側ニ掌握スル限リニ於テハ外国会社ト提携セザルモノト同様ニ之ヲ国産自動車工業トシテ両者共ニ健全ナル発達ヲ遂ケ得ル様指導及助成ヲ為スベキモノトス
依テ自動車工業確立ノ為ニハ速ニ左記要綱ノ立法ヲ為シ以テ斯業ノ新設乃至ハ拡張ニ関シ許可制度ヲ設ケテ之ガ統制ヲ図リ併セテ斯業育成ノ為ニ租税ノ減免、国産車ノ使用奨励、金融上ノ便宜、関税ノ引上等適当ナル助成策ヲ講ズルノ要アリト認ム
自動車工業法案要綱
(一)、普通自動車ノ組立又ハ主要部分品ノ製造事業ハ之ヲ許可事業トスルコト但シ其ノ数量力一定数量ニ達セサル事業ニ就テハ許可ヲ要セサルモノトスルコト。
許可ノ方針ハ自動車ノ需要数量ヲ考慮シテ一社又ハ数社ニノミ事業ノ許可ヲ為シ其ノ他ノモノハ之ヲ許可セサルコト。
(二)、前項ノ許可ヲ受ケ得ル者ハ株数ノ過半数カ日本臣民又ハ帝国法令ニ依リ設立シタル法人ニシテ議決権ノ過半数カ日本臣民ニ属スルモノニ属スル株式会社ニ限ルコト。
(三)、第一項ノ許可ヲ受ケタル事業ニ関シテハ産業上、国防上必要ナル監督規定ヲ設クルコト。
(四)、現ニ存スル自動車工業ニシテ第一項ニ該当スルモノニ就テハ本方針決定当時ニ於ケル現存範囲内ニ於テノミ既得ノ権益ヲ認メテ其ノ事業ノ遂行ヲ許容シ其ノ後ニ於ケル新設又ハ拡張ニ就テハ法律施行ノ際遡リテ其ノ権益ヲ容認セサルコト。
(五)、本工業ノ確立ヲ期スル為ニハ以上要綱ニ掲ケタル以外二原料材料ヨリ部品組立二至ル迄尽ク国産ニ依ルコトヲ貫徹スルヲ国防上ノ絶対要件トス尚外国自動車トノ競争ヲ国産側ニ有利ナラシムル為各種ノ助成手段ヲ講セサルヘカラス此等ノ細部ニ関シテハ商工省ト密接ナル連発ヲ保持シ以テ来議会提出ニ遺憾無力ラシムルヲ要ス。