支那事変対処要綱(甲)

昭和12年12月24日 閣議決定

収載資料:日本外交年表並主要文書 下巻 外務省編 原書房 1966.1 pp.381-384 当館請求記号:319.1-G13n-h

事変勃発以来帝国政府ハ南京政府ニ於テ速ニ其ノ抗日容共政策ヲ棄テ帝国ト提携シテ東亜ノ安定ニ寄与センコトヲ切望シ居ルヲ以テ同政府ニ於テ反省スルニ於テハ之ト共ニ時局ノ収拾ヲ計ルヘキモ、同政府ニシテ猶長期ノ抵抗ヲ標榜シ毫モ反省ノ色ヲ示ササル場合二対処スル為ト他方我軍事行動ノ進展ニ伴ヒ帝国ノ占拠区域広汎トナリ至急之カ処理ヲ行フノ要アルニ至レルトニ鑑ミ今後ハ必スシモ南京政府トノ交渉成立ヲ期待セス之ト別個ニ時局ノ収拾ヲ計リツツ事態ノ進展ニ備ヘ軍事行動ト相俟チ南京政府ノ長期抵抗ニ対応スル為北支及中支方面ニ於テハ左記方針ニ依リ措置スルコトトス
右趣旨ハ適当ノ機会ニ之ヲ中外ニ闡明ス

一、北支処理方針
北支ニ於テハ支那民衆ノ安寧福利ノ増進ヲ以テ政策ノ主眼トシ政治的ニハ防共親日満政権ノ成立、経済的ニハ日満支不可分関係ノ設定ヲ目途トシ之カ促進ヲ計リ漸次本政権ヲ拡大強化シ更生新支那ノ中心勢力タラシムル如ク指導ス
然レトモ中央政府トノ交渉成立ノ場合ハ右新政権ハ和平条件ニ従ヒ之ヲ調整スルモノトス
甲、政治指導方針
(一)北支新政権ハ単ニ北支ノミナラス中南支方面ノ信望ヲ収メ得ルカ如キモノタラシムルコト肝要ニシテ之力為ニハ(イ)右政権ノ首脳者ハ支那全国ニ信望ヲ有スル人材ヲ網羅スルコト(ロ)右政権ハ新時代ニ適応スル組織ヲ備ヘ(ハ)全支ニ呼掛ケ得ルカ如キ主義綱領ヲ持シ(二)右政権ニ対スル我方ノ指導ハ大綱ニ関スル邦人顧問ノ内面指導ニ止メ日系官吏等ヲ配シ行政ノ細部ニ亙ル指導干渉ヲ行ハサルコトヲ方針トシテ指導スルモノトス
(二)北支新政権ニ包含セラルヘキ地域ハ軍事行動進展ノ程度ニ依ルヘキモ略河北、山東、山西ノ三省及察哈爾省ノ一部トス冀東自治政府ハ之ヲ解消シ新政権ニ合流セシム尚察南及晋北両自治政府ハ時期ヲ見テ右新政権ニ合流セシムルモノトス
又蒙古自治政権トハ密接ナル連携ヲ保持セシム
(三)差当リ第三国トノ紛糾ヲ避クル為租界ニハ手ヲ触レサルコトトスヘキモ租界外ニ於テハ新政権樹立以前ト雖モ郵政、電政、税制、路政等ノ行政組織ヲ完備セシムル如ク指導スルモノトス
海関ニ付テハ別ニ考慮ス
乙、経済開発方針
(一)北支経済開発ノ目標ハ日満経済ノ総合的関係ヲ補強シ以テ日満支提携共栄実現ノ基礎ヲ確立スルニ在リ
之カ為支那現地資本並我方ノ資本及技術ヲ緊密ニ結合セシメテ経済各部門ヲ開発整備シ以テ秩序ノ維持民衆生活ノ安定ヲ図リ併セテ日満両国ニ亙ル我広義国防生産力ノ拡充ニ資スルモノトス
而シテ開発実施ニ際シテハ日満及北支ノ国際収支ノ適合及物資需給ノ調節ヲ尊重シ緩急ヲ誤ラサル様措置スルト共ニ努メテ支那側ヲ表面ニ立テ経済的圧迫ヲ与フルカ如キ感ヲ抱カシメサル如クシ且我全国民ノ期待ニ反セサル適切ナル国策的運営ニ重点ヲ置クモノトス
(二)北支経済開発及統制ノ為一国策会社ヲ設立スルモノトシ挙国一致ノ精神ト全国産業動員ノ趣旨ヲ具現スルカ如ク之ヲ組織スルモノトス
主要交通運輸事業(港湾及道路ヲ含ム)、主要通信事業、主要発送電事業、主要鉱産事業、塩業及塩利用工業等ニ関スル重要産業ハ右会社ヲシテ之カ開発経営又ハ調整ニ当ラシムルモノトス
右会社ノ運営ニ就テハ日満両国ノ重要産業計画ニ即応スルト共ニ常ニ我国ノ実状ニ鑑ミ緩急宜シキヲ制スル事ニ意ヲ用フヘキモノトス
右重要産業以外ノ事業ハ特別ノ事由アル場合ノ外特別ナル統制ヲ加ヘサルモノトス
(三)北支経済開発ニ当リテハ支那側資本ノ利用ニ努ムルト共ニ支那側企業トノ協議ヲ図ルモノトス
(四)北支経済開発ニ対スル第三国ノ協調的投資ハ之ヲ認ムルモノトス北支ニ於ケル列国ノ既存経済権益ハ事情ノ許ス限リ之ヲ尊重スルモノトス
(五)日満北支貿易関係ノ緊密化ヲ図ルト共ニ北支対第三国貿易ノ適切ナル調整ヲ行フモノトス
(六)現地政権ヲシテ農業ノ改善、治水及利水、植林、合作社等ニ関シ逐次所要ノ施設ヲ為サシムルモノトス
(七)北支ニ於ケル既存事業ニシテ重要産業ニ関スルモノハ本方針ニ従ヒ之ヲ整理又ハ調整スルモノトス
(八)差当リ直チニ着手シ得ル事業ニ付テハ将来本方針ニ基ク整理又ハ調整ヲ条件トシテ速ニ之ヲ開始スル様措置スルモノトス
(九)北支経済開発ニ関スル交渉ノ相手方ハ差当リ中華民国臨時政府治安維持会若クハ其ノ連合会又ハ局地政権トス

二、上海方面処理方針
(一)軍ノ占拠区域ニハ機ノ熟スルヲ俟チ北支新政権ト連絡アル新政権ノ樹立ヲ考慮スルモ当分ノ間治安維持会及必要ニ応シ其ノ連合会ヲ組織シテ治安ノ維持ニ当ラシム
(二)租界及租界周辺ニ対スル方策ハ別ニ之ヲ定ム
租界周辺処理方針
(甲)行 政
租界周辺ニ就テハ将来ニ於ケル租界周辺ノ発展ニ協力シ且ツ租界ノ安全保障組織ノ確立ヲモ考慮シ左記要領ニ依リ之ヲ処理ス
一、租界ノ周辺即チ租界及越界道路ヲ除ク大上海市管轄区域ヲ特別市トス
二、特別市ノ行政ハ支那人市長之ヲ管掌ス
但シ特別市ニハ市長ヲ補佐シテ一般行政ヲ指導セシムヘキ日本人顧問ヲ置ク
顧問ノ権限ハ別ニ之ヲ定ム
三、特別市ノ警察行政ヲ行フ為特別警察部ヲ設置ス
警察部長以下凡ソ長タル者ハ支那人トスルモ、長ト協力スル為相当数ノ邦人顧問ヲ置ク、顧問ノ権限ハ別ニ之ヲ定ム
尚必要ニ応シ外国人顧問ノ採用ヲモ考慮ス
支那人警察官ノ数及武装ハ別ニ之ヲ定ム
特別市内ノ日本人ニ対スル警察権ハ総領事館警察ノ管轄トス
四、特別市ノ財政ハ旧上海市ニ於テ徴収ノ諸税ノ外、特別市範囲内ニ於ケル税制、電政、郵政等旧南京政府直轄各機関ノ接収又ハ新設ニ依リ得ラルヘキ諸収入ヲ以テ之ヲ維持ス
五、将来(中支新政権樹立ノ場合ヲ予想ス)特別市全部ヲ開港市トシ外国人ノ居住営業並ニ土地ノ所有権若ハ永租権ヲ認メシム(差当リハ邦人土地ニ関スル懸案解決ヲ期ス)
(乙)帝国ノ経済的権益設定策
上海ヲ拠点トシ、中支方面ニ対スル帝国ノ経済的発展ノ基礎ヲ確立スルヲ目標トシ、其ノ具体的方策ノ一トシテ左ノ通リ措置スルモノトス
一、租界ノ周辺(租界及越界道路ヲ除ク大上海市管轄区域)ヲ特別市トシ、右特別市内ニ於ケル電話、電力、電燈、水道、瓦斯、電車、バス等公共的性質ヲ有スル諸事業ノ実権ヲ我方ニ把握シ、之ヲ経営スルト共ニ、下記各項ニ関連スル事業ノ経営又ハ調整ニ当ラシムル為国策会社ヲ設立ス
右国策会社ノ規模及事業着手ノ順序等ニ就テハ、我国ノ実情及現地情勢ヲ参酌シ、別ニ之ヲ定ムルモノトス
右国策会社ノ資本ニ付テハ其ノ目的上支障ナキ限リ現地資本ノ利用ヲ図ルモノトス
尚特別市及租界内邦人中小企業家ニ対スル資金融通及邦人ノ租界内不動産取得ニ対スル資金融通等ニ付テハ可及的速ニ別途考慮スルモノトス
二、特別市内ニ於ケル旧支那側官有ノ機関及土地建物等ハ全部我方ニ於テ接収シ、適宜利用スルモノトス
但シ特別市当局ニ於テ行政上必要アルモノハ之ヲ使用セシム
三、上海付近ト本邦各地、北支、満洲国間等トノ通信、運輸、航空ノ連絡基地トシテ、出来得ル限リ特別市地域ヲ利用スルモノトシ、差当リ左ノ各項ヲ実施スルモノトス
(イ)適当ナル汽船会社等ヲシテ□江碼頭招商局碼頭等ヲ利用セシム
(ロ)将来上海方面ニ於ケル有線無線(放送ヲ含ム)通信権ノ実質的獲得ニ必要ナル諸施設ヲ管理運用ス
(ハ)上海福岡連絡飛行基地トシテ龍華飛行場ヲ管理運用ス、尚虹橋及遠東飛行場ノ管理権ヲ獲得シ将来日支航空連絡ニ対スル実質的権益ノ設定ニ資ス
四、特別市地域ニ大市場ヲ建設シ、租界ニ対スル魚類、肉類、野菜等ノ生活必需品ノ供給ヲ為サシムルモノトス(差当リ上海市魚市場等ノ利用ヲ考慮シ尚小型船舶ノ自由出入港ヲ認メシム)
五、差当リ直ニ着手シ得ル事業ニ付テハ国策会社成立ノ際適宜整理又ハ調整スルヲ条件トシテ速ニ之ヲ開始スル様措置スルモノトス
六、本経済的権益設定ニ関スル交渉ノ相手方ハ差当リ治安維持会又ハ局地政権トス

北支処理方針乙、経済開発方針ニ対スル閣議諒解事項(一)
一、主要交通運輸事業、主要通信事業ニ付テハ、満支ヲ通スル一会社ノ一元経営ハ之ヲ認メサルコト
二、北支政権ノ財政強化ニ努メ以テ北支ニ於ケル公共事業其他ノ開発諸事業ニ寄与セシムルコト
三、北支対第三国国際収支ノ維持改善ヲ図ル為有効適切ナル方策ヲ講スルコト
四、北支ニ於ケル産金事業ハ我国国際収支ノ観点ヨリ特ニ速カニ着手セシムルコトトシ、今後ニ於ケル調整ニ際シテモ、此ノ事情ヲ考慮スルコト
五、北支ニ於ケル経済開発殊ニ鉱工業開発ノ計画ヲ樹ツルニ当リテハ内地産業ノ実情ニ考慮ヲ払ヒ且事情ノ許ス限リ内地ニ於ケル当該企業ノ技術、経験及資本ヲ利用スル様措置スルコト
同方針ニ対スル閣議諒解事項(二)
日満支ノ交通、通信ノ円滑ナル連絡ニ資スル為北支ニ於ケル交通、通信事業ヲ経営スル機関ハ満鉄並満洲電々会社ト常ニ緊密ナル関係ヲ保持セシムル様措置シ尚満鉄並電々社員ノ大陸ニ於ケル活動ノ適性並今次事変ニ於ケル活動ノ実状ニ鑑ミ交通、通信事業ノ経営ニ際シテハ之等ノ人員技術経験等ヲ充分活用スルノ方針ヲ執ルコト
上海周辺処理方針乙、帝国ノ経済的権益設定策ニ対スル閣議諒解事項
右国策会社ニ対シ特別市ニ於ケル軍ノ管理スル土地其他我方ノ管理下ニアル土地ニ関スル経営等ノ諸事業ヲモ必要ニ応シ之ヲ行ハシムルコトヲ得