Note (General)企業や病院などの組織で繰り返し行われる処理工程はビジネスプロセスと呼ばれ,フローチャートやグラフなどを用いて定義され運用される.ビジネスプロセスで行われる作業の基本単位はアクティビティと呼ばれ,性能測定や改善においても基本的な単位となる.アクティビティで消費された時間がそのまま人件費や納期に結びつくため,性能改善は最も重要なビジネス改善活動の一つとして知られている. ビジネスプロセス管理システム(BPMS) は,ビジネスプロセスの設計,実装,運用,改善などを1 つのシステムで行うことができる.BPMS でビジネスプロセスを実行すればログにアクティビティの開始や完了の時刻が記録される.この時刻からアクティビティ所要時間を算出し,ボトルネックとなるアクティビティを特定することで効率よく性能改善を行うことができる. 一方,BPMS が登場する以前は各企業が独自の方法でビジネスプロセスを実装しており,このような古いビジネスプロセスではログデータに十分な情報が含まれず分析が困難になる.典型的には,ログデータのアクティビティの開始時と終了時のいずれかしか記録されないことが多い.このようなログは単一時刻イベントログと呼ばれ,アクティビティの遷移時間の推定はできるがアクティビティの所用時間がわからないため,ボトルネックを特定することは困難となる.このような,所要時間を算出できないログや,所要時間を正確に知ることができないログは多くのビジネスプロセスの現場で見られ,不完全イベントログと呼ばれている. 本研究では,不完全イベントログからアクティビティの平均所用時間を統計的に推定する.本研究の基本アイデアは,アクティビティ間の遷移時間が遷移元アクティビティの潜在サービス時間と遷移先アクティビティの潜在待ち時間の和で構成されていると仮定することである.そのうえで,これらの潜在時間のモデルとして指数分布やガンマ分布を仮定し,EM アルゴリズムを用いて最尤推定を行う.最後に推定値として得られた確率分布のパラメータから,期待値として平均潜在サービス時間と平均潜在待ち時間を算出し,これらの和として平均潜在アクティビティ所要時間を算出する.その結果,単一時刻イベントログにおいても平均値としてアクティビティの所要時間を算出することができ,プロセス改善においてボトルネックとなるアクティビティを特定することが可能となる. この確率モデルは,観測される1 つのアクティビティ遷移に対して2 つの隠れ変数を導入するため,多変数の逆問題となる.そのため,単一のアクティビティから単一のアクティビティへの遷移では,隠れ変数に関する情報が不足するため不良設定問題となり推定は困難である.一方で,多くのビジネスプロセスでは条件分岐や並列実行を行うゲートウェイが用いられるため,様々な組み合わせのアクティビティ遷移が観測される.このように様々な遷移元と遷移先のアクティビティ遷移が観測された場合,複数の観測値に対して確率変数が共有されるため確率変数の連立化により逆問題が解消されて推定が可能になる. 提案するアクティビティ遷移の確率モデルは,経由するゲートウェイの種類によって異なるモデルを構築しなければならない.例えば,AND 合流ゲートウェイを経由するアクティビティ遷移では,並列化された子プロセスの全てが完了するまで待つため,この挙動を組み込んだ確率モデルが必要となる.アクティビティ遷移では任意の個数のゲートウェイを任意の経路で経由することができるため,それらに対応する必要な確率モデルの数はいくらでも増えてしまう.本研究では,対象を構造化ワークフローと呼ばれる条件を満たすビジネスプロセスに限定することで,必要な確率モデルの数を限定する.構造化ワークフローは管理しやすい望ましいビジネスプロセスの満たすべき条件として知られており,ほとんどの正しく設計されたビジネスプロセスはこの条件を満たす.本研究は構造化ワークフローから観測されるアクティビティ遷移の組み合わせから必要な確率モデルは4 種類に限られることを示し,その4 種類についてそれぞれ確率モデルを提案する. 計算機実験により,真のパラメータがわかっているプロセスモデルから人工的に生成したイベントログから推定を行い,提案手法が推定した推定パラメータが真のパラメータを精度よく推定できることを示した.また同期待ちが発生するAND 合流が含まれるアクティビティ遷移から観測されたデータでも正しく推定できることを示した.一方,潜在待ち時間と潜在サービス時間の大小関係が極端な場合に精度が悪くなることも確認した.そのような場合でも,複数のアクティビティ遷移が観測されて連立させることができれば精度は改善することも明らかになった.
2016
Collection (particular)国立国会図書館デジタルコレクション > デジタル化資料 > 博士論文
Date Accepted (W3CDTF)2017-07-03T04:10:06+09:00
Data Provider (Database)国立国会図書館 : 国立国会図書館デジタルコレクション