Note (General)樹脂製品の代表的な製造方法で作製された射出成形品には,経済性や環境性の向上を目的とした軽量化が求められており,この課題の解決策として薄肉化という手法がある.しかしながら,射出成形では溶融樹脂を金型内に射出し冷却-固化するという性質上,金型から樹脂中心部までの距離に比例する冷却速度差やせん断応力の相違より,表層部と内部でスキン-コア構造とよばれる不均一構造が形成される.薄肉成形品は厚肉成形品と異なるスキン-コア構造を形成するため,薄肉成形品における内部構造の形成と物性発現機構を理解することが重要である.本論文では,汎用樹脂であるポリプロピレンを用いて薄肉射出成形品における内部構造と物性発現の関係を理解することを目的とした.成形条件,母材樹脂の構造,材料の複合化が内部構造形成に与える影響を明らかにするため,成形時の射出速度の相違,母材樹脂の分子量と分子量分布の相違,エラストマー(ゴム)添加の有無とその分子量の相違において形成される内部構造を検討した.内部構造の詳細な検討のため,偏光顕微鏡によるスキン-コア構造モルフォロジー観察,示差走査熱量計による結晶化度分布測定,小角X線散乱装置を用いた長周期ラメラの配向分布測定,広角X線回折装置を用いた結晶形態と結晶配向分布測定,そしてレーザーラマン分光法による分子配向分布を測定し,内部構造の相違を明らかにした.この内部構造が成形品内の物性分布に与える影響を詳細に検討するため,微小切削法を用いた成形品内表層からコア層までのせん断応力分布,ミクロトームにより成形品から切り出されたフィルム試料を用いて成形品表層からコア層までの引張特性分布を明らかにした.この物性分布が成形品のバルク物性に与える影響を検討し,最終的に内部構造が物性発現に与える影響を検討する目的で,バルク引張特性と破壊じん性の測定を行った.破壊じん性の測定には,弾性材料の破壊じん性値測定のために用いられる本質破壊仕事(Essential Work of Fracture: EWF)試験を適用した. 第1章では,緒言として薄肉も含めたPP射出成形品の内部構造と物性に関する研究動向を述べ,本研究の学術的な意義と目的を述べた.第2章では,射出速度の相違が内部構造と物性に与える影響について検討を行った.その結果,低い射出速度の試料は高い射出速度の試料に比べ厚いスキン層を形成し,このスキン層は高い分子・結晶配向および長周期ラメラの配向そしてコア層に比べ高い弾性率と降伏応力を有することがわかった.コア層の物性は,射出速度の相違による違いがなかったことから,バルク物性の引張特性および破壊じん性の増大には,スキン層厚の増大つまり高い物性を示す領域の増大が最も影響を与えることがわかった.β晶は破壊じん性を増大させることが知られているが,β晶分率の最も小さい試料が最も高い破壊じん性を示したことから,本章においては配向領域の増大がより大きく破壊じん性に影響を与えることがわかった. 第3章では,母材樹脂の分子量と分子量分布の相違が内部構造と物性に与える影響について検討を行った.その結果,分子量の増大は表層部に厚い分子・長周期ラメラの配向層を形成し,β晶分率を増大させることがわかった.一方,分子量分布の狭小化は表層部に厚い分子・長周期ラメラの配向層を形成させるとともに結晶配向およびβ晶分率を低下させる.これら配向層は高い降伏応力と弾性率を有することがわかったとともに,この配向層の物性の高さではなく,高い物性を有する領域が広い試料が最も高いバルク物性を示すことがわかった.破壊じん性においても,第2章と同様β晶分率の影響は小さく,分子・長周期ラメラの配向が大きく影響していることがわかった. 第4章では,エラストマー添加とその分子量の相違が内部構造と物性に与える影響について検討を行った.その結果,ゴムの添加および添加するゴムの分子量の増大は,成形品の結晶配向とβ晶分率を増大させることがわかった.降伏応力分布では,ゴムを添加すると試料全体の降伏応力は低下するが,添加するゴムの分子量の増大は,この降伏応力の低下を抑制した.また,最表層部の物性はゴムの分子量が変わっても相違は無かった.バルク物性では,ゴムの分子量が変わっても物性がほとんど変化しなかったことから,表層部の物性がバルクの物性に影響を与えることが示唆された.また,ゴムの添加とその分子量の増大は破壊じん性を大きく向上させるとともに,ゴムの添加だけでなく,β晶分率の増大が破壊じん性に影響を与えることが示唆された. 第5章では,以上の検討により得られた成果を統括し,結論とした.薄肉ポリプロピレン射出成形品には,表層に物性が高い領域,コア層に物性が低い領域が存在することが明らかになったとともに,成形品のバルク物性には,表層部の高い物性を示す領域の厚さが大きく影響することがわかった.この高い物性を示す領域の厚さに比べ,コア層の物性差はバルク物性にほとんど影響を与えないことが示唆された.この高物性領域は,高い分子配向,長周期ラメラおよび結晶配向によって形成されている.また,破壊じん性値の増大は,β晶分率の増大だけでなく分子,結晶および長周期ラメラ配向からなる配向層の厚さに強い影響を受けていることがわかった.このことより破壊じん性は,β晶の発現だけでなく表層の配向層厚の増大によっても向上させることができることが明らかになった.
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Date Accepted (W3CDTF)2020-07-06T20:31:19+09:00
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