Note (General)本研究は、高機能自閉症スペクトラム障害者(以下、HF-ASD者)の心理的特性を踏まえた就労支援プログラムに関する研究を行った。第1章では、本研究の問題と目的について述べた。近年、HF-ASD者に関する就労上の課題は明らかになりつつある。特に採用された後の職場環境内での課題が明らかになっており、対人関係や業務を遂行する際に障害特性や障害特性の影響を受けた社会的スキルやストレス対処が原因で離職してしまうといったことが言われている。一方、そのような現状であると同時にHF-ASD者への就労支援については、専門性が高まらない現状もあり、支援が確立されていない。本研究は、HF-ASD者の社会的スキルやストレス対処(以下、心理的特性とする)を明らかにし、その結果を踏まえ、就労支援プログラムを開発することとした。また開発後、支援現場に普及することを目的とした講座を開発することとした。第2章のHF-ASDの心理的特性の検討(1)では、HF-ASD者の心理的特性を明らかにすることを目的に、健常者(先行研究の数値)や精神障害のある者(統合失調症31名、気分障害26名)との比較を行った(研究Ⅰ-1、研究Ⅰ-2)。AQ、Kiss-18、TAC-24、GHQ30の尺度を用い、HF-ASD者110名(男性80名、女性30名)に対して研究を行った。その結果、健常者や精神障害者との間に有意な差が見られた。特にKiss-18やGHQ30においては差が見受けられ、HF-ASD者の心理的特性が明らかにされた。第3章のHF-ASD者の心理的特性の検討(2)では、HF-ASD者の心理的特性の構造を明らかにするために、心理的特性モデルを作成した(研究Ⅱ-1)。その後就労を観点とし、HF-ASD者が安定して働けるための心理的特性の水準を明らかにすることを目的に行った(研究Ⅱ-2)。心理的特性モデルについては、仮説モデルを生成し、共分散構造分析を用い検討を行った。その結果、仮説モデルに若干の修正をしたモデルを採択することとなった(GFI:0.886、AGFI:0.812)。また研究Ⅰで対象となったHF-ASD者の2年後の就労状態を追跡調査し、その結果をもとに対象者をグループ化しなおし、分散分析を行った。その結果、Kiss-18とGHQ30において有意な差が見られた。障害特性は心理的特性に大きな影響を及ぼすものの、長く安定して働けるかどうかには、心理的特性の部分が影響することが明らかになった。第4章のHF-ASD者の就労支援プログラムの開発と効果の検討では、心理的特性を踏まえたHF-ASD者への就労支援プログラムの開発を行った。集団で行う就労支援プログラム(研究Ⅲ-1)と個別対象の就労支援プログラム(研究Ⅲ-2)を開発し、それぞれ効果の検討を行った。集団で行う就労支援プログラムは、心理教育・SST・問題解決法や、就労現場により近い情報提供を意識した内容を構成した。集団で行う就労支援プログラムは精神障害のある者4名とHF-ASD者の2名に対して計12回のプログラムを実施した。その結果、精神障害のある者、HF-ASD者ともにプログラム実施の効果が確認された。一方、対象となったHF-ASD者の中に集団での実施に苦手さを示す者もおり、集団で実施する際の課題も明らかになった。個別対象の就労支援プログラムでは、5名のHF-ASD者を対象にした。就労支援プログラムは障害特性の把握、配慮から心理的特性について対応をしていくプログラムを作成し、実施した。結果、5名ともに心理的特性に改善が見られ、就職を行うことができた。第5章のHF-ASD者の就労支援プログラムの普及では、開発した就労支援プログラムを普及するために、就労支援従事者(研究Ⅳ-1)と保護者(研究Ⅳ-2)を対象とした講座を開発した。就労支援従事者向けの講座では対象となる就労支援従事者について、所属する環境や就労支援に従事した年数が違うことなどを考慮し、就労支援プログラムにおいて重要な要素となるものを中心に、複数のプログラムを構成した。そのプログラムを実施先に選択してもらい、提供することとした。結果、自己効力感の向上などが見られ、講座の一定の効果は示された。一方、対象者のニーズに対応しきれていない実態も明らかになり、今後の課題となった。また保護者対象の講座では、就労支援に関する資源について情報提供をすることを目的にプログラムを構成し、実施した。結果、保護者の精神的健康に有意な改善が見られ、講座に対する満足度も高かったことから実施効果は一定示された。第6章では、総合考察について述べた。研究結果から、HF-ASD者の心理的特性が明らかになった。長く働く上での大事なポイントは障害特性の程度ではなく、介入によって改善が見込まれる心理的特性という点であったことは、支援員側、HF-ASD者自身にとっても有意義な結果であると思われる。それらを踏まえた就労支援プログラムも開発された。一定の有効性が示されたことから、今後の普及が望まれる。また、実施する現場の環境やマンパワー、実施者の専門性の保持などが実施条件としてあげられた。最後に就労支援プログラムの普及のための講座開発では、開発した就労支援プログラムそのものの普及ではなく、プログラムの大事なポイントを中心とした普及を行った。測定した尺度については効果が見られたが、一方でその後の実際の就労支援ではどのように効果があるかの検討はなされていないため、今後の課題として残される結果となった。
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Date Accepted (W3CDTF)2022-05-09T11:57:37+09:00
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