書の世界
「書は人なり」という言葉があるとおり、書には、書いた人の個性や特徴が表れると言われます。日本の書はその源流である中国からの影響を大きく受けながらも、「かな」が創出され、独自の書風が生まれました。
本展示では、日本独自の書が発展していく過程を、各時代の書を通して愉しんでいただければと思います。
本展では、拓本や印刷による書物を中心に、一部明治時代の自筆の資料を紹介しています。
※拓本は、石碑等に残された文字に紙をあて、上から墨をたたいて写し取ったものです。
1. 平安時代の書
中国の書法と三筆
日本の書は、平安時代初期までに東晋・隋・唐などの書法の影響を受けました。唐で学んだ空海は、王義之や顔真卿の影響を受けた書法をもたらしました。
参考:光明皇后による王義之「楽毅論」の臨書(奈良時代)
夫子廟堂之碑
九成宮醴泉銘
昭和新選碑法帖大観 第2輯 第12巻
空海、そして一緒に唐に渡った橘逸勢、空海と親交があった嵯峨天皇の三名は、三筆と称されています。
三筆の書
弘法大師風信帖・灌頂記
宸翰英華 乾
三蹟と「かな」の完成
平安時代中期には、遣唐使が廃止され国風文化が開花するなか、書の世界でも和様の書が登場します。和様の書は、それまでの書風と異なり、大らかさが重視され、たおやかな曲線美を生み出しました。この書は小野道風、藤原佐理を経て藤原行成で確立したと言われ、彼らを三蹟と呼んでいます。また表音文字である「かな」が完成し、文字を繋げて書く連綿という美しい書法が和歌などで見られるようになります。
和様の書は平安時代後期以降、さまざまな流派を形成して発展していきました。
三蹟の書
コラム 「かな」の美―源氏物語絵巻の詞書―
「源氏物語絵巻」は絵巻の最古の逸品として知られています。詞書の部分では、物語の内容をかな文字中心に漢字を少し交えながら表記しています。ここで紹介する「柏木(一)」の書風は、平安時代の美しいかな文字の連綿や重ね書を引き継いで書かれています。
※当館所蔵資料は、和田正尚による明治時代の模写です。
2. 江戸時代の書
寛永の三筆
江戸時代初期には、中世の書を受けつつ、新たに平安時代の古筆や古典を学んで書法を革新した三名が登場します。近衛信尹・本阿弥光悦・松花堂昭乗で、彼らを寛永の三筆と呼んでいます。
御家流の公用化
江戸時代に入ると、鎌倉末期に尊円親王を祖として始まった青蓮院流が「御家流」として発展しました。御家流は幕府の公用文書にも用いられ、武家から公家の書、「庭訓往来」などの寺子屋の手本に至るまで、版本でも広く流通し、御家流一辺倒の様相を呈することになりました。
コラム 御家流をもとにした書
江戸時代中期以降、御家流をもとにしてデフォルメした勘亭流や相撲文字などの芸能に関わる文字や千社札に使われた籠文字が登場します。
江戸時代の唐様書
中国風の書(唐様)は、僧侶や学者などにより継承されてきました。中世には禅僧による書が生まれましたが、江戸時代に入ると、隠元などが来日して明風の書をもたらしました。
3. 明治時代の書
書の明治維新
明治維新に始まる近代は、書の世界にも変革をもたらしました。明治政府は、御家流を排して唐様を採用します。明治13(1880)年に清国から楊守敬が来日し、六朝体を紹介し楷書体が発展します。日下部鳴鶴・巌谷一六は、来日した楊守敬を訪問し影響を受けました。また長崎にいた中林梧竹も、六朝体の影響を受けています。彼らを明治の三筆と呼んでいます。
明治の三筆
古筆を手本とする書
一方、明治時代中期からは、平安から鎌倉時代にかけての筆跡である古筆が再認識されます。尾上柴舟は、師匠の書く手本ではなく、古筆を手本とする書の学習方法を用いるようになります。
コラム 書体
中林梧竹は中国に留学し、潘存から書法を学びました。明治の三筆である、中林梧竹による篆隷行草楷の各体をご覧ください。
五体法書 : 書聖中林梧竹先生真筆転印 篆書之部
五体法書 : 書聖中林梧竹先生真筆転印 隷書之部
五体法書 : 書聖中林梧竹先生真筆転印 行書之部
五体法書 : 書聖中林梧竹先生真筆転印 草書之部
五体法書 : 書聖中林梧竹先生真筆転印 楷書之部
明治時代のさまざまな書
明治時代の書としては、書家や書を専門に研究した人のほかにも、教養として書を身につける文人や政治家などによる書も残されています。 ここでは国立国会図書館が所蔵する明治時代のさまざまな書をご覧ください。
ギャラリー展示では、勝海舟・大久保利通、ほか数点の直筆資料を展示します。
伊藤春畝公墨蹟(複製)
伊藤春畝公墨蹟(複製)
大久保利通書簡
大久保利通書簡
大久保利通書簡
〔西郷隆盛墨跡(複製)〕
人物紹介
電子展示会「近代日本人の肖像」にリンクします。
その他の展示資料
漢字の伝来からかなの誕生
- 弘法大師 [筆], "弘法大師の墨跡 : 色紙集" (フジタ 1984)
- [空海] [筆] et.al, "国宝灌頂暦名 : 高尾山神護寺蔵 : 巻子本" (密教文化研究所弘法大師真蹟研究会 1986)
- 藤原行成 [筆], "藤原行成本能寺切" (書芸文化新社 1977)
江戸時代の書
- 近衛家熈 書, "秋声賦 : 家熈公真蹟細楷" (西東書房 1912)
- 松平定信 (楽翁) 評 et.al, "頼山陽真蹟上楽翁公書" (博文館 1893)
- , "芭蕉翁自筆俳諧巻子" (大塚工芸社 1932)
明治時代の書
参考文献
- 石川九楊 著, "「書」で解く日本文化" (毎日新聞社 2004)
- 可成屋 編, "すぐわかる中国の書 : 古代~清時代の名筆 改訂版" (東京美術 2018)
- 可成屋 編, "すぐわかる日本の書 : 飛鳥時代~昭和初期の名筆 改訂版" (東京美術 2010)
- 古賀弘幸 著 et.al, "書のひみつ" (朝日出版社 2017)
- 杉浦妙子 著, "30回の授業で分かる入門日本書道史" (芸術新聞社 2019)
- 高橋利郎 著, "江戸の書" (二玄社 2010)
- 竹田華堂 著, "日本の書の流れ" (字典舎 2004)
- 田中亮 著, "もっと知りたい日本の書" (東京美術 2024)
- 名児耶明 監修, "日本書道史 : 決定版" (芸術新聞社 2009)
- 成田山書道美術館 監修, "近代文人のいとなみ" (淡交社 2006)
- , "別冊太陽 : 日本のこころ (通号191) 2012年1月 #日本の書 古代から江戸時代まで" (平凡社 2012)
- , "別冊太陽 : 日本のこころ (通号270) 2019年2月 #王羲之と顔真卿" (平凡社 2019)