きのこ狩りと松茸

きのこ

秋の味覚の一つであるきのこは、山の幸の代表でもあります。多くの森林と降雨量に恵まれている日本では、きのこの種類が豊富です。『日本書紀』には、応神天皇19(288)年に吉野付近の人が朝廷に栗・きのこ・鮎などを献上した記録が残されています。きのこの中でも松茸は、その香りのよさが『万葉集』の中で「高松のこの峰もに笠立てて満ちさかりたる秋の香のよさ」と詠まれています。

「松茸」ということばは、平安時代の『拾遺和歌集』の中に初めて現れます。秋になると平安時代の貴族たちは、都の周辺に広がる松林に松茸狩りに出かけました。採った松茸は、現在と同様に焼き物や汁物として食べたようです。

松茸狩りは平安時代から貴族の秋の行事でしたが、江戸時代に入ると大名たちが松茸狩りを楽しむようになりました。水戸黄門として知られる徳川光圀も、隠居した後は松茸狩りを楽しんだそうです。さらに江戸時代の後半になると、上方方面では庶民にもきのこ狩りや松茸狩りを娯楽とした山遊びが定着していきます。

京都や大坂では、秋になると松茸市が立ちにぎわいました。『日本山海名物図会』には、天満市側てんまいちのがわ松茸市の様子が紹介されています。京都では「高倉通錦下ル」に松茸市があり、繁盛したことも記されています。八百屋の店先では、乾したり漬けたりしたきのこも売られました。

かたや江戸では、神田・本所・千住・品川などの青物市場できのこが売られましたが、新鮮なきのこが手に入るのは稀でした。徳川将軍家には、松茸の産地の大名たちから塩漬けの松茸が進物として贈られました。

明治になってからも、松茸は多くの人々に好まれました。夏目漱石や正岡子規も松茸を好んで食べたといわれています。明治時代に生産量日本一を誇ったのは京都でした。質・量ともに国内随一の産地で、旬の食物として宮中に献上され、秋祭りの神饌(神様に献上する食事)となり、庶民の秋の味覚でもありました。

参考文献

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