Jump to main content

戦後財政ノ見透ニ付テ

昭和20年10月16日 閣議報告

収載資料:昭和財政史 終戦から講和まで 第17巻 大蔵省財政史室編 東洋経済新報社 1981 pp.469-471 当館請求記号:DG15-19

一、我国戦後財政ノ今後ノ見透ニ付テハ対外関係其ノ他ニ於テ幾多未確定ノ分子ガアリ、今遽カニ適確ナル予想ヲ樹テルコトヲ困難トスルガ今試ミニ昭和二十年度予算ヲ材料トシテ戦争終了ニ伴ヒ不用トナルモノハ落シ国債費等ノ当然増加スルモノハ之ヲ加算シ一般行政費ニ付テハ相当ノ削減ヲ為シ且今年度以上ニ新規ノ事業ヲ為サザルモノトシテ、言ハバ骨格的予算ヲ組ンデミルト明昭和二十一年度ノ一般会計歳出予算額ハ一五二億円程度ニナルモノト見積ラレル。

二、而シテ右一五二億円ノ積算額ハ昭和二十年度一般会計予算額ニ比シ一三七億円程度減少スルコトトナルガソノ理由ハ
(一)昭和二十年度予算ハ大東亜戦争ノ遂行ヲ前提トシテ編成セラレテ居タモノデアリ、終戦ニ伴ヒ戦争関係ノ経費ハ当然減少スル筋合ノモノデアル。即チ臨時軍事費特別会計ヘノ戦費繰入ハ当然コレヲ要セザルニ至ルノデアリ防空ノ経費、航空関係ノ経費、重要物資備蓄関係ノ経費、軍馬資源関係ノ経費、在支敵国人集団生活費ノ如キ直接戦争ニ関連スル経費ハ当然明年度ハ計上ヲ要セヌコトトナル。又復員ノ進捗二伴ヒ軍事扶助費其ノ他軍人擁護関係ノ経費モ減少スルシ労務事情ノ援和スルニ従ヒ其ノ関係ノ経費モ大幅ニ減少スルコトヲ予想サレ以上合計シタ金額ハ大体一一一億円デアル。
(二)右ハ直接戦争ニ関係スル経費ノ減少デアルガ此ノ外我国ノ領土又ハ支配地域ノ喪失ニ伴ッテ経費ノ減少スベキモノモ当然考へラレル。例へバ外地特別会計へノ補充金、満洲移民関係ノ経費、対支文化事業ノ如キハ即チ之デアリ二億五千万円程デアル。
(三)次ニ右ノ概算推定ニ当ッテハ現在其ノ額二七億円ノ巨額ニ上リ財政上相当ノ重圧トナッテヰル各種ノ価格差補助金ハ之ヲ廃止スル方針ノ下ニ過渡的ニ必要トスルモノノミヲ推算スルコトトシタ。
戦時中生産強行ノ為生産費ノ増嵩ヲ顧慮スルノ遑ナカリシ当時ニ於テハ基礎的物資ノ消費者価格ヲ据置ク為価格差補助金ハ或ル程度是認スルノ外ナカッタノデアルガ、何ト云ッテモ斯ノ如キハ人為的ニ一定ノ価格水準ヲ維持セントスルモノデアル。其ノ財源ガ租税等ノ普通財源ニ依ルモノナラバトモ角赤字公債ヲ財源トスルヲ余儀ナクセラルル場合ニ於テハ廻リ廻ッテ「インフレ」ノ原因ヲ醸スモノデアリ、戦後ニ於テハ当然ナントカ是正セラルベキ筋合ノモノデアル。然シ物資ノ性質ニ依テハ急激ニ廃止スルコトノ困難ナルモノガアリ又予算計上ノ技術上ノ関係ヨリ今年度内ノ生産品ニ対スル価格差補助金ヲ明年度予算ニ計上スル仕組ノモノアリ、従テ明年度予算ニ之ガ或程度残ルコトハ已ムヲ得ナイ。明年度ニ於テハ一応此ノ金額ヲ一一億円程度ト見込ミ今年度ニ比シ一六億円程度ノ減少トナルモノト見込マレル。
(四)更ニ現在問題トナッテヰル行政整理ノ関係デアルガ中央ニ於ケル人件費及事務費並ニ地方ニ対スル国庫ヨリノ人件費補助ハ合計シテ九億円程度デアル。職員整理ノ程度ハ未定デアルガ仮ニ三割トセバ二億七千万円程度ノ支出ヲ減ズルコトニナル。但シ他方退職金ヲ公債ニ依テ交付スル場合支出ノ増加ガアリ、右ハ其儘歳出ノ減少トナルモノデハナイガ一応右ノ如ク推算スル。

三、以上述ベタ所ハ昭和二十一年度予算ニ於ケル歳出ノ減少スル部面デアルガ他方経費ノ当然増加シ来ル面モ考へナクテハナラヌ。
(一)例ヘバ国債費ノ如キ戦時中発行シタル公債ノ利払等ノ経費ハ当然累増シテ来ル。又戦争保険ノ関係デ損害保険中央会又ハ生命保険中央会ニ対シ政府特殊借入金ノ形式デ損失ノ補償ヲ要スル金額ハ約三一〇億円ト推定サレ又疎開ノ関係、沈船補償関係及臨時軍事費ニ依ル注文品等ノ支払ニ付テ特殊決済ヲ行ヒ政府特殊借入金トシテ負担スべキモノヲ現状ニ於テ仮ニ五〇億円ト見込ムトキハ結局本年度末ニ於ケル国債総額ハ政府特殊借入金ヲ合シ二、○○○億円ヲ超ユルモノト予想サレ其ノ利払等ノ為明年度八七三億円以上ヲ要スルデアラウ。
(二)又復員ニ伴フ陸海軍人恩給ノ増加ハ平年度二〇億円程度ト予想スルガ明年度ハ裁定ノ関係モアリ一応三億五千万円程度増加スルモノト見込ンダ。
復員援護ノ関係デハ既ニ前内閣ニ於テ決定ニ係ル陸海軍ノ援護団体ニ対スル補助金ノ二十一年度分三億円ハ当然増加スルモノト予測スベク又戦災保護法関係ノ支払ニシテ明年度ニ繰越サルルモノ約二億円程度ヲ考慮シテ置ク必要ガアル。其ノ他終戦ニ伴ッテ右ノ外各種経費ノ増加スルモノ多キハ当然予測セラルル所デアルガ此ノ計算ニハ一応一切考慮ニ入レナイコトニシタ。食糧関係ノ経費モ前年度ニ止メル。失業ノ対策トシテノ土木ノ起興モ考ヘラルルガ之モ増加ハ考へテイナイ。
要スルニ右ノ一五二億円ノ概算見込額ハ減ズべキモノハ減ジ増加スべキモノハ現状ニ於テ計数的ニ比較的明瞭ナモノノミニ止メテ推定シタ一応ノ見込額デ言ハバ骨組予算トモ云フべキモノデアル。而モ其ノ二分ノ一ニ近イ七三億円ハ国債ノ利払等ノ為ニ充テラレネバナラヌト云フ結果ニナッテヰル。

四、次ニ右ノ歳出所要額ヲ支弁スベキ財源即チ歳入ノ面ヲ見ルニ明年度ニ於ケル租税収入ハ印紙収入ヲ合セ現行税制ノ下ニ於テハ戦災ノ影響ト産業ノ萎微トニ依リ九六億円程度ニ減少スルモノト予想サレル。
即チ本年度ニ比シ二割七分ノ減少ニ当ル。専売局益金ヲ大宗トスル官業諸収入ハ一八億円程度デアリ前年度ニ比シ九億円程度モ減少セザルヲ得ヌ状況デアル。其ノ他ノ収入ニ於テハ国有財産ノ払下ノ収入五億円ヲ新ニ見込ムモ一三億円程度ニ過ギズ従テ道路公債ヲ前年度発行スルトシテ差引二十五億円程度ハ赤字公債ノ発行ヲ余儀ナクサレルコトニナル。之ヲ違ッタ眼デ見レバ租税ト官業益金ヲ合計シテ一一〇億円デアリ、他方国債費七三億円外ニ皇室費、禁衛費、恩給費、地方分与税トシテ地方ニ交付スル経費、国庫予備金其ノ他所謂特殊経費トシテ義務費的経費ノ合計ガ一〇八億円デアリ殆ンド右ノ金額ニ匹敵スルコトニナル。而シテ補助費ヲ含メタ一般行政費四四億円ノ内半額以上ニ就テハ其ノ財源ヲ公債ニ求メネバナラヌト云フ状況デアル。
尚換言スレバ国債費ヲ除イタ一般ノ経費ハ七九億円、之ニ対スル普通歳入ハ一二七億円デアルカラ差額四八億円ヲ国債費ニ充テラレルトシテモ之ニ依リ賄ヒ得ル国債額ハ一、三〇〇億円程ニ過ギズ、従テ本年度末ノ国債総額ヲ二、〇〇〇億円ト見込ミ七〇〇億円ニ対スル利払額二五億円ハ赤字公債ヲ発行シテ辻褄ヲ合セルト云フ計算ニモナルノデアッテ正ニ赤字公債ノ利子ヲ赤字公債ヲ以テ賄フ段階ニアリトモ云ヒ得ル状態デアル

五、右ノ昭和二十一年度ノ概算見込額一五二億円ハ今年度ノ予算額二八九億円ニ比シ一三七億円ノ減少ニナル。又臨時軍事費ヲ含メタ純計額一、〇三八億円(内地払ノ臨時軍事費ノミヲ通計スルトセバ七二八億円)ニ比スレバ八八六億円(四七六億円)ノ減少デアリ一見国民負担ハ相当緩和サレ財政状況ハ良好ニナルカノ感ヲ受ケルガ、事実ハ戦時中如何ニ無理ナ財政ヲ続ケテ来タカト云フコトヲ今更ナガラ感ズルノデアッテ戦争ガ終ッテモ決シテ財政状態ハ改善サレテイナイト云フコトハ右ノ内容ニ依リ明カデアラウ。
加之右ノ概算見込額ハ既ニ度々述べタ通リ戦後ノ積極的施策ニ要スル経費ヲ見込ンデイナイ数字デアル。而モ其ノ上今直チニ計数的ニハ明カニシ得ナイガ国庫ノ負担ニ帰スルコト明瞭ナル経費ヲ多額ニ予期シ置カネバナラナイノデアル。即チ
(一)連合軍ノ駐屯費
之ハ只今ノ処直接国庫ノ支出ニ依ラズ日本銀行ノ仮勘定ヲ以テ整理シテオルガ結局我ガ国ニ於テ負担ヲ要スルコトト覚悟セネバナラヌト思ハレル。又連合軍ノ駐屯ニ伴ヒ増加スベキ警備費施設費等ハ当然我国ノ負担デアル。之ガ幾許ニ上ルヤハ判然シナイガ最近三ケ月分三十億円ノ要求ガアッタコトニ徴シテモ決シテ軽イモノデハナイコトニ想像サレル。
(二)現地支出ノ臨時軍事費ノ財源タル借入金処理ノ為ノ経費
臨時軍事費ニシテ占領地其ノ他ノ現地ニ於テ支払ハレルモノノ財源ハ外資金庫、正金銀行及日本銀行ヲ通ジ現地側銀行等ヨリノ借入金ヲ以テ支弁セラルル建前デ今後当然其ノ利払又ハ償還ヲ要スルモノデアリ其ノ金額ハ一応五八○億円程ト思ハレル。尤モ右ノ内幾分ハ現地通貨ノ処理ノ問題トシテ取扱ハレルデアラウガ孰レニシテモ帝国ノ負担ニ帰スル筋合ニハ変リハナイ。
(三)賠償
連合国へノ実物賠償ノ金額ハ未定デアルガ其ノ巨額ニ上ルべキハ疑ヲ入レナイ。
(四)軍需企業ニ対スル各種補償金等
軍需企業ニ対シテ政府ガ如何ナル程度ノ補償ヲ為スべキヤハ議論ノ存スル所デアリ慎重ナル検討ヲ要スルガ少クトモ政府ノ公約シタルモノニ付テハ義務ノ履行ヲ為スヲ以テ穏当トスル。斯ノ如キモノトシテハ戦争保険ノ関係、工場疎開ノ費用、経理特別対策ニ依ル補償、国家総動員法、軍需会社法、兵器等製造事業助成法等ニ依ル損失補償又ハ設備買収費用等ハ達観シテ五〇億円ニ達スルモノト推定サレル。
尚軍需企業ノ休廃止ニ伴ヒ補償ヲ行ヒ又終戦後ノ休止期間ノ給与、離職者ニ対スル退職金、解散手当等ヲ政府ニ於テ考慮スルトセバ更ニ六一八億円ノ負担ヲ要スルト云フ計算トナル
之等ハ直ニ総額ノ支出ヲ要スルモノデハナイガ仮ニ三分五厘ノ利子ヲ見タ丈デモ二三億円ノ負担トナル。
(五)政府保証債務
戦時中各種事業債、金融債、興銀等ノ命令融資等ニ対シ政府保証シタルモノノ総額ハ達観シテ二四〇億円程度デアラウ。此ノ内ノ一部ハ政府ノ負担トナルコトヲ予期セネバナラナイ。
(六)喪失領土及占領地域関係ノ負担
外地、満洲、支那及南方ニ進出セル事業及此等関係ノ金融機関ノ財産ノ喪失ハ巨額ニ上リ之ガ為国庫モ相当ノ負担ヲセネバナルマイシ引揚邦人ノ救済援護ヲ行フトセバ国庫負担ハ尨大ナモノニ上ル。
(七)喪失領土及占領地域ノ通貨整理ニ要スル負担
右ノ諸地域ニ於テ発行シタル帝国通貨ヲ政府ニ於テ全部整理補償スルモノトセバ其ノ額ハ巨額ニ上ル。
右ノ各種政府補償ノ内対内関係ノモノハ必シモ其儘額面通リ補償スべキモノト考へル必要ハナイカモ知レヌトハ云ヘ或ル程度ハ経済秩序ノ維持ノ為ニハドウシテモ補償スル必要ガアルト思ハレル。喪失領土及占領地域ノ通貨整理ニ付テハ未ダ連合国側ノ意向ハ明瞭デナイガ之ヲ日本政府ノ単独負担ニ於テ整理セシメラルコトモ考へテオカネバナルマイ。
孰レニシテモ今後ニ於ケル国庫負担ハ驚クべキモノデアリ勿論右ノ金額ハ一時ニ支払フモノニ非ズトシテモ毎年ノ利払額丈デモ百数十億円ニ上ルデアラウシ、我国財政ハ全ク破局的状態ニアルト云ッテモ然ルべキデアル。今後戦災ノ復興、民生ノ安定等ノ趣旨ヲ以テ戦後処理ノ為相当経費ヲ所要スルコトト思ハレルガ右ノ如キ財政状況ニ於テハ漫然赤字公債ノ累増ヲ容認スルコトハ国民経済秩序維持ヲ困難ナラシムルモノト云フベク従テ此等ノ経費ノ要求ニ付テハ到底満足ニ承認スルコト能ハザルハ明確且冷厳ナル事実デアルコトヲ認識セネバナラヌ。

六、斯クノ如キ我国財政事情ニ於テハ其ノ根本的整理建直ハ正ニ喫緊ノ要務デアリ之ガ対策ニ付テハ全ク革新的ナ方途ヲ講ズルコトガ必要デアリ、目下大蔵当局トシテハ深甚ナル研究ヲ続ケテヰル次第デアルガ各省ニ於テモ之ニ対シ十分ナル理解ト協力ヲ煩ハシタイ次第デアル。明年度予算ノ編成ニ当ッテハ既定経費ノ如キハ徹底的洗落シヲ断行セネバナラヌ。又新規経費ハ殆ンド計上不可能ナ状況ニアルガ戦後処理ノ関係デ真ニ止ムヲ得ヌモノニ付テハ忍ビ難ク耐へ難キヲ受容シ超重点的選択ヲ行フハ勿論其ノ規模ヲ最少限度ニスルコトガ必要デアル。又普通歳入増加ノ方策ニ付テモ真ニ国家ノ現状ヲ洞察シ此ノ際画期的ナル方途ヲ講ゼネバナラヌコトヲ銘記シテ頂キタイノデアル。