帝国の国際連盟脱退後の南洋委任統治の帰趨に関する帝国政府の方針決定方の件
閣議決定年
昭和8年3月16日 閣議決定
収載資料:委任統治領南洋群島 前編 外務省条約局法規課 1962 (外地法制誌 第5部) pp. 62-64 当館請求記号:317.8-G13i
帝国の国際連盟脱退後の南洋委任統治の帰趨に関する帝国政府の方針決定方の件
昭和8年3月16日 閣議決定
帝国の国際連盟脱退後南洋委任統治の帰趨に関し帝国政府は大要左記の論拠に則り帝国の受任国たる地位は帝国の連盟脱退に依り何等の影響を受くるものに非ずとの方針を堅持し機宜の処置を執ることと致度
記
(一)一九一九年五月七日パリ講和会議(最高会議)は旧ドイツ領に対する委任統治受任国の選定及委任統治地域確定の為一の決議を採択したる処右決議に依り太平洋中赤道以北に位する独領諸島は帝国に於て委任統治を行なうことに決定せり
同年六月二十八日ヴェルサイユに於て署名せられたるドイツ国との平和条約第一一九条に依り同国は前記太平洋中赤道以北に位する独領諸島を包含する海外属地に関する一切の権利権原を主たる同盟及び連合国の為に放棄し同一一八条第二項に依りドイツ国は主たる同盟及連合国が第三国と協議の上ドイツ国外に於ける権利放棄より生ずる結果を規定する為執るべき措置を承諾し且つ遵守すべき義務あり
換言すれば主たる同盟及連合国は前記平和条約の規定に依りドイツの海外属地に対する一切の権利及権原を獲得するものにして之が処分権は全然主たる同盟及連合国に帰すべきものと為し主たる同盟及連合国は其の決議に依り随意に之を処分せる次第なり。
従て受任国の選定は主たる同盟及連合国之を行なうこと明瞭なりとす。尚太平洋中赤道以北に位するドイツ国属地に対する委任統治条項前文中には「主たる同盟及連合国は平和条約第一編(国際連盟規約)第二十二条に準拠し前記諸島の施政を行なうの委任を日本国皇帝陛下に付与することに一致し云々」とあり又ヤップ島及他の赤道以北の太平洋委任統治諸島に関する日米条約前文中には「前記四国即チ英帝国、仏蘭西国、伊太利国及日本国はヴェルサイユ条約に依り太平洋中赤道以北に位する旧独領諸島群に付左記の条項に準拠して其の施政を行なうの委任を日本国皇帝陛下に付与することに一致したるを思い」とあり又一九二一年三月一日附委任統治に関する理事会議長対米回答中には「委任統治地域の割当たるや最高会議の職権に属し理事会の関する処に非ず」と確言し居れり更に米国はヴェルサイユ条約を批准せざりしも其の単独にドイツと締結せる条約に基く権利に関しては同国がヴェルサイユ条約を批準したる場合と同様なる法律上の地位に立つべきことをドイツをして認めしめ而して同国は委任統治地域が元来ヴェルサイユ条約第一一九条に依り主たる同盟及連合国に割譲せられたるものなるに付同条約を批准せざるに拘らず委任統治地域の最終的決定に参与するの権利ありと主張し従て連盟理事会に於ても同国の主張を強て排することなく受任国が各別に米国と協定すべきものとせり。依てB式及C式委任地域各受任国は米国と条約を締結し各地域に付其の委任統治条項を明掲して受任国が施政を行なうことに関し米国の同意を取付けたる次第なるが右事例は委圧統治地域が主たる同盟及連合国に属すべきことを実際上証明するものなり。
(二)前述の所論を確証する為一九二〇年八月五日第八回連盟理事会に依り採択せられたるべルギー代表イーマンスの報告抜率を左に掲記す
「受任国の決定は主たる同盟及連合国之を為すべきことに付ては疑を容るる余地なし第二十二条は本問題に付規定する所なきも対独平和条約第一一九条にはドイツは海外領土に関する一切の権利及権原を主たる同盟及連合国の為に放棄すべきことを規定し更に進んで同第一一八条第二項に依り主たる同盟及連合国が第三国と協議の上ドイツ国外に於ける権利放棄より生ずる結果を規定する為執るべき措置を承認し且遵由すべき義務あり故に受任国は主たる同盟及連合国により指定せらるべきこと但受任国として連盟の名に於て委任を行使すべきものとす従て委任に関する法律上のタイトルは二重的のものなり、而して其手続は(一)主たる同盟及連合国は其の一国又は第三国に委任を与へ(二)主たる同盟及連合国は理事会に対し斯く斯くの国を一定地域の受任国と定めたることを公式に通知し(三)理事会は受任国の指定を公に了承し受任国に対し其の受任せられたる旨を通報し且規約の規定に一致するや否やを審査したる後委任に関する詳細の条件を通報す」而して又曰く
「連盟規約第二十二条中には何人が受任国を選定すべきやに関し何等の規定なきもヴェルサイユ条約第一一八条及第一一九条は規約の解釈上有用なるべし、如何となれば右二条文は同一起草者に依り同時に作成せられ且つ規約は条約の一部なればなり、連合国は又墺国とのサン、ヂェルマン講和条約中に或る条項を挿入して規約第二十二条に対し同一解釈を下すと共にトルコとのセーヴル条約中には受任国の選定権は主たる同盟国に属する旨明記せり、依て此点に関する規約起草者の意図は疑の余地なし」
(註)セーヴル条約第九五条「「締約国は主たる同盟国が決定する境界内のパレスチナの施政を右同盟国の選定すべき受任国に第二十二条の規定に依り委任することに同意す」
(三)連盟規約第二十二条に依れば
一、今次の戦争の結果従前支配したる国の統治を離れたる殖民地及領土にして近代世界の激甚なる生存競争状態の下に未だ自立し得ざる人民の居住するものに対しては該人民の福祉及発達を計るは文明の神聖なる使命なること及其使命遂行の保障は本規約中に之を包含することの主義を適用す
二、此の主義を実現する最善の方法は該人民に対する後見の任務を先進国にして資源、経験又は地理的位置に因り最此の責任を引受くるに適し且之を受諾するものに委任し之をして連盟に代り受任国として右後見の任務を行なわしむるに在りと謂うを以て「先進国にして資源、経験又は地理的位置に因り最此の責任を引受くるに適し」たるものは連盟国たると非連盟国たるとを問わず委任統治受任国たるを得べし
(四)要之受任国の選定は主たる同盟及連合国之を為すべく而して其選定せらるる受任国は必ずしも連盟国たるを要せざる次第なり而して帝国にして連盟を脱退するも主たる同盟及連合国が帝国を受任国として選定したるの事実は解消するものに非ず
現に連盟は最高会議より連盟自らアルメニアの委任統治を引受くべしとの論出でたる際之を拒絶すると共に連盟の一員又は他の国がアルメニアの委任統治を引受くるの希望を表明せり更に又米国はヴェルサイユ条約の批准を拒絶したる後(一九一九年十一月十九日米国上院はヴェルサイユ条約の批准を拒絶せり)一九二〇年四月サン・レモ最高会議よりアルメニアの委任統治を引受くべく勧告せられたる事例あり
(五)連盟国が連盟を脱退する場合には規約上の義務を免るると同時に権利をも失うものなりとの趣旨より主たる同盟及連合国の帝国政府に与へたる委任は規約第二十二条に準拠して施政を為すを条件とするものなりとの見地より(委任統治条項前文参照)若し帝国政府が連盟脱退に依り規約及委任統治条項に拘束せられざるに至るものとせば右「委任の条件」を欠くに至るべく従て該委任は当然無効となるべしとなすものあるも帝国政府は脱退に依り連盟国としての権利義務は之を失うに至るも規約を含むヴェルサイユ条約の批准国として全然規約上の権利を失うものに非ず(規約第二十二条の権利義務は受任国としての権利義務にして連盟国としての権利義務に非ず)従て脱退後も引続き規約第二十二条及前記委任統治条項の定むる所に従い委任統治を行なうを得べきこと明なり。