説話を題材とした絵巻

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第1章 第2節

説話を題材とした絵巻

主に口承で伝わってきた民話や伝説などを「説話」と呼ぶ。平安時代から鎌倉時代にかけて『今昔物語集』『宇治拾遺物語』『古今著聞集』などの説話集が多く編まれ、これらを題材とした絵巻が制作された。
王朝を舞台とした絵巻で「引目鉤鼻」の手法で描かれていた類型的な人物の表情に比べ、説話を題材とした絵巻では喜怒哀楽のはっきりとした非常に豊かな表情の人物描写が特徴である。また、一つの構図の中に複数の時間の出来事を描く「異時同図法」や長大な画面に数場面を続けて描く「連続画面」などの手法により、まるでアニメーションを見ているかのようなダイナミックな世界が描写されている。

西行物語

5 [西行物語] 書写年不明【亥-225】 ※原本は鎌倉時代の成立

鳥羽上皇の北面の武士であり、歌人としても名高い佐藤義清(西行)が、出家して諸国を旅する物語です。
友人の死をきっかけに世のはかなさを感じた義清は、家族の情を断ち切って出家し、西行と号して各地を点々としながら様々な和歌を詠み、絵巻にはその風景や歌が描かれました。西行は「願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ」と詠んだ歌のとおり、2月の満月の頃に亡くなったと言われます。描かれているドラマチックな一生は、史実の記録というより説話の要素を多く含みます。

東京1期(10/1~12) 展示箇所は、西行が家族の情を断つため我が子を縁から蹴落とす場面。

関西(11/15~29) 桜展示箇所は西行の入滅(高僧等の死を表す語)の場面 。

今昔物語絵詞

6 今昔物語絵詞 [江戸後期]写 【ん-9】

山陽道美作国に中山ちゅうざんという蛇の神と高野こうやという猿の神がおり、毎年の祭りには美しい娘を生贄いけにえに取っていました。ある年、東国から訪れた狩人が、生贄に選ばれた娘の家を訪れます。祭りの日、狩人は社に潜んで猿の神を取り押さえ、猟犬は従者の猿を食い殺しました。猿の神は命乞いをし、今後は人を生贄にしないと約束して赦されます。狩人は娘と結婚し、幸せに暮らしました。

展示資料の巻頭には「今昔物語繪詞 中さむかうや神祭」とあるが、詞書は『今昔物語集』(平安時代の説話集)巻26第7話「美作国神依猟師謀止生贄語」ではなく、ほぼ同内容の『宇治拾遺物語』(鎌倉時代の説話集)巻10第6話「吾妻人生贄をとどむる事」による。

東京3期(10/28~11/9) 画像は狩人が娘とともに祭りの日を待つ場面。

小ふく之助物語

7 小ふく之助物語 [江戸前期]写 【WA31-23】

「こぶ取り爺さん」の名で親しまれる話の若者版です。
あるところに親孝行の働き者で、右頬にこぶのある若者がいました。森で嵐に遭い、木の洞に身を寄せていると、目の前で鬼が宴会を始めました。その楽しそうな様子に若者も踊り出すと鬼たちは大喜び。必ずまた来いと言い、約束の質として若者のこぶを取りました。家に帰った若者は、鬼から受け取った袋から色々な宝物を取り出して父母に渡し、家は栄えました。その様子を見た左頬にこぶのある翁も同じことを試みますが、うまく踊れず、もう片方の頬にもこぶをつけられてしまいます。

東京2期(10/15-26) 展示箇所は、木の洞から若者が飛び出して踊り出す場面。

信貴山縁起

8 志貴山縁起 [江戸中期]写【す-50】 ※原本は平安後期の成立

信貴山朝護孫子寺(大和国)の中興である命蓮の3つの奇跡譚を描いたものです。

山崎長者の巻(飛倉の巻)

命蓮は法力で托鉢の鉢を麓の長者の元に送り、食べ物を載せてもらっていましたが、ある時、長者が鉢を放置すると、鉢は倉を載せて飛んで行ってしまいました。驚いた長者が、命蓮に倉を返してほしいと頼んだところ、倉は返せないが中の米俵は返そうと言い、米俵が次々と空を飛んで戻っていきました。

東京1期(10/1~12) (東京1期において、約7メートルにひろげて展示しています。)

延喜加持の巻

法力で倉や米俵を飛ばすという評判が都に伝わり、命蓮は病に苦しむ醍醐天皇のために祈祷を命じられました。命蓮は、都には赴かず信貴山に残ったまま祈祷を行い、終わったら「剣の護法」という童子を飛ばすと伝えました。3日ほど経って、醍醐天皇はまどろみの中できらきらと光るものを見ます。するとみるみる病は癒えたため、命蓮に褒美を取らせようとしましたが、命蓮は固辞しました。

関西(11/15~29)

尼公の巻

信濃に命蓮の姉の尼がいました。長く弟の行方が分からなかったため、東大寺のあたりまで探しに行きますが、行方を知る人はいません。尼は、どうにかして会いたいと一晩大仏に祈ったところ、夢の中で、紫の雲がたなびいている南西の山に行くようお告げを受けました。喜んで向かったところ命蓮に会うことができ、2人はそのまま信貴山でともに修行に励みました。

東京2期(10/15-26) (東京2期において、6メートル以上にひろげて展示予定です。)

伴大納言絵詞

9 伴大納言繪巻 書写年不明【亥二-19】 ※原本は平安末期の成立(常盤光長 画, 飛鳥井雅経 詞書) 

清和天皇の時代、大内裏朝堂院の正門である応天門が、放火で焼けました。大納言伴善男とものよしおは、左大臣源信みなもとのまことが犯人だと言いますが、証拠不足とされ、採り上げられませんでした。実は大納言こそ真犯人であり、放火現場を目撃した右兵衛の舎人が、大納言の使用人の子と自分の子の喧嘩をきっかけに、真実をほのめかします。噂が広まり、大納言は取り調べのうえ流罪となりました。

『伴大納言絵詞』は上巻の詞書を欠くが、中巻・下巻の詞書は鎌倉時代の説話集『宇治拾遺物語』卷10の第1話「伴大納言焼応天門事」とほぼ同文である。

東京3期(10/28~11/9) (東京3期において、5メートル以上にひろげて展示予定です。)

東京1期(10/1~12)

関西(11/15~29)

男衾三郎絵詞

10 男衾三郎絵詞 書写年不明【ん-60】 ※原本は鎌倉時代の成立

武蔵国の対照的な武士の兄弟を描く絵巻です。
兄の吉見二郎は、雅な美男で、美しい都の女房を妻として迎え、美しい娘に恵まれました。一方、弟の男衾三郎は、武芸一途の無骨もので、美人は薄命のもとだからと関八州一の不器量な女を探して妻として迎えました。やがて兄弟は上京することになり、弟が一日早く出発しました。道中の山賊は、武勇の評判の高い弟をやり過ごし、翌日やってきた兄の一行を襲います。激しい戦いの末に兄が亡くなると、弟はその遺言を無視し、兄の家族を屋敷から追い出して粗末な小屋に住まわせ、兄の美しい娘と国司の見合いには代わりに自分の娘を連れて行きましたが…というところで絵巻は途切れています。続きがあったものと思われますが、伝来の過程で失われてしまったのか、現在、どこからも発見されていません。

東京2期(10/15-26)

絵師草紙

11 絵師草紙 書写年不明【ん-11】 ※原本は鎌倉後期の成立

貧しい宮廷絵師の身の上に起こった出来事を描きます。絵師は伊予国に領地を賜ります。一族は年貢の保管場所を用意し、祝宴を開き大喜び。しかし領地の様子を見に行かせると、住民は気が荒く、しかも今年の年貢は何者かによってすでに取り立て済みであることがわかります。不服を申し立てた絵師に、改めて伊予国の領地を保証する勅命が下りますが、絵師は重ねて「伊予は遠くて不便なため、近場の土地に変えて欲しい」と希望します。これには何の沙汰もなく、困窮した絵師は子供を寺に預けます。

東京3期(10/28~11/9)

参考文献

説話を題材とした絵巻

このページは企画展示「ひろげて、まいて、あらわれる 絵巻の世界」の電子版コンテンツです。

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