模写のいろいろ
NDLギャラリー > 絵巻の世界 > 絵巻の世界(電子版)
第2章 第1節
模写のいろいろ
オリジナルの絵巻(もしくはその模写)を「模写」したものが「模本」だが、ひとくちに「模写」「模本」といってもさまざまな種類がある。
- 絵具の退色や剥落、欠損等も含めて、その時点の絵巻を忠実に写した「現状模写」
- 原本が欠損している箇所を色も含めて描き加え、制作時の状態を復元しようとする「復元模写」
- 絵師たちが手本とするために作成した模本
- 絵だけを抜粋した(詞書がない)模本
- 墨1色の線だけで描いた色のない模本(白描)、白描に文字で色の指示を書き込んだ模本
- 最初に作成されたオリジナルを模写した模本、模本をさらに模写した模本
- 複数の系統の原本から模写して一本に統合した模本
ここに挙げたのは一部の例で、実に多様な模本がある。当館所蔵の絵巻には、互いに絵や内容が異なる模本を複数所蔵している場合もあり、これらの模本を比較することで分かることもある。
この節では、「流派による絵の違い」「原本が失われた作品」「模写の名品」「修練としての模写」として、いろいろな模写を紹介する。
酒飯論
――流派による絵の違い
室町時代に成立したとされる、上戸・下戸・中戸が論争をする絵巻。酒好き(上戸)の造酒正糟屋朝臣長持・飯好き(下戸)の飯室律師好飯・ほどほどに両方を好む(中戸)中左衛門大夫中原仲也の3者が、和歌や故事を織り交ぜながら酒の良さや飯の良さを主張する。大盛りの飯や酔った男といったコミカルな描写が楽しく、また調理や食の風俗を伝える貴重な資料でもある。
当館でも3本所蔵しているように、模写された絵巻が多数残り、鮮やかな色彩の絵、白描の絵、詞書がないもの等様々であるが、大半が狩野派系統(1期、3期、関西館展示資料)の作品であり、土佐派系統(2期展示資料)で確認されているのは、当館所蔵資料のほか、静嘉堂文庫美術館と東京国立博物館の所蔵本のみと言われる。両派とも詞書や全体の構成はほぼ同じだが、絵の比較から狩野派が先に成立したと考えられている。
31 僧家風俗圖繪 書写年不明 ※原本は室町時代の成立【本別10-39】
東京3期(10/28~11/9) 狩野派の模本
32 酒飯論 書写年不明 ※原本は室町時代の成立【ん-89】
東京1期(10/1~12) 狩野派の模本
関西(11/15~29) 狩野派の模本
33 酒飯論 書写年不明 ※原本は室町時代の成立【本別7-565】
東京2期(10/15-26) 土佐派の模本
年中行事絵巻
――原本が失われた作品
宮中や民間の年中行事を描いた絵巻。平安時代末期に後白河院の命によって制作されたとされる。原本は失われているが、模写している場面や絵の細部が異なる多数の模本が現存する。江戸時代に後水尾院が住吉如慶らに写させた「住吉本」、江戸末期に写されたとみられる「鷹司本」が知られている。
展示資料は、谷文晁の印がある模本と模写者不明の模本である。前者は住吉本に忠実である一方、模写者不明の模本には住吉本と鷹司本、それぞれの流れを汲む場面が混在する。模本同士の違いに注目し、比較することによって、絵巻が今に伝わる過程を想像することもできる。
34 年中行事絵巻 書写年不明 ※原本は平安末期の成立(常盤光長ほか 画) 【亥-224】
関西(11/15~29)
東京1期(10/1~12)
東京2期(10/15-26)
東京3期(10/28~11/9)
35 [年中行事絵巻] [谷文晁]写 [江戸後期] ※原本は平安末期の成立(常盤光長ほか 画)【貴箱-9】
東京1期(10/1~12)
東京2期(10/15-26)
東京3期(10/28~11/9)
関西(11/15~29)
春日権現験記絵
――模写の名品
36 春日権現験記 板橋貫雄 写 ※原本は鎌倉後期の成立(高階隆兼 画,鷹司基忠ほか 詞書)【WA31-13】
奈良の春日大社に祀られる神々の霊験や利益を描いた絵巻。西園寺公衡の発案によって鎌倉時代後期に制作された。原本は全20巻が皇居三の丸尚蔵館に現存する。当館では、松平定信の命で作成された模本(現在は春日大社蔵)を、さらに住吉派の絵師である板橋貫雄が写した模本を帝国図書館時代から所蔵している。鮮やかな色彩と精緻な描写が特徴の絵巻で、その華やかさから当館でもたびたび展示されてきた。大正13(1924)年秋の展覧会を報じた新聞記事には、「(春日権現験記絵全20巻を一度に鑑賞できる)好機逸すべからずである」とあり、当時から展示の目玉になっていたようである。
東京1期(10/1~12)
東京2期(10/15-26)
東京3期(10/28~11/9)
関西(11/15~29)
北野天神縁起
――修練としての模写
37 北野天神縁起 一山居士 写 文政11(1828)年 【亥二-37】
菅原道真の生涯と、道真が死後に怨霊となり、京都の北野天満宮に祀られるまでの伝説を描いた絵巻。「弘安本」をはじめとする多くの系統の模本が知られるほか、山口の松崎天満宮(現在の防府天満宮)の由来を加えた「松崎天神縁起」など、多様な縁起を生み出した。
今回展示している模本には「松崎天神縁起」に似た場面が多くみられる。奥書には、江戸後期の絵師梅之房(松本)亀岳が13歳のときに模写して東宰府に納めた模本を、14歳の松本一山(亀岳の養父松本交山の実子と思われる)という人物が模写したもの、との記述が亀岳によってなされている。亀岳は幼いころから絵を描いていたことをうかがわせる資料が残されている。
東京2期(10/15-26)
東京3期(10/28~11/9)
関西(11/15~29)
東京1期(10/1~12)
前ページ
次ページ
参考文献
- 茶道資料館 編『酒飯論絵巻 : ようこそ中世日本の宴の席へ : 平成30年秋季特別展』(茶道資料館 2018)
- 宮内庁三の丸尚蔵館 編『春日権現験記絵 : 甦った鎌倉絵巻の名品 (修理完成記念)』(宮内庁 2018)
- 黒君春村 [著]ほか『並山日記 7巻』()
- 小松茂美 編『日本の絵巻 8 (年中行事絵巻)』(中央公論社 1987)
- 小松茂美 編『日本の絵巻 続 13 (春日権現験記絵 上)』(中央公論社 1991)
- 小松茂美 編『日本の絵巻 続 14 (春日権現験記絵 下)』(中央公論社 1991)
- 小松茂美 編『日本の絵巻 続 15 (北野天神縁起)』(中央公論社 1991)
- 須賀みほ 著『天神縁起の系譜』(中央公論美術出版 2004)
- 古井戸秀夫 著『評伝鶴屋南北 第1巻』(白水社 2018)
- 年中行事絵巻(残欠)(宮内庁書陵部所蔵資料目録・画像公開システム)