源氏物語と源氏絵
1000年以上にわたって読まれ続けている『源氏物語』。今回の展示では、受け継がれてきた『源氏物語』を、描かれた源氏絵と、俗語訳・現代語訳・外国語訳・漫画等からご紹介します。
1 写本で受け継がれる王朝絵巻
平安時代、宮廷女房であった紫式部は『源氏物語』を著し、光源氏を主人公に貴族の生活を綴りました。これを源氏絵として絵画化し、詞書を添えたのが『源氏物語絵巻』です。現存する最古の『源氏物語絵巻』は、12世紀前半に製作されました。その後、土佐派、狩野派、琳派等の各派の日本画家たちにより多くの写本が製作されました。
国立国会図書館所蔵の『源氏物語絵巻』
国立国会図書館が所蔵する『源氏物語絵巻』は明治44(1911)年に和田正尚が模写したものです。
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2 浮世絵に描かれた源氏絵:「雅」と「俗」
江戸時代に入り、印刷・流通の発達により『源氏物語』は俗語訳や梗概書(概要・ダイジェストを記した書)で庶民が気軽に読めるようになりました。『源氏物語』の本文に挿絵が描かれ、注を付した解釈本も作成されます。同じ頃に誕生した浮世絵には、源氏物語を題材としたものが描かれるようになります。大衆化の中で、源氏絵は当世風俗に置き換えた「やつし絵」や、別のものに見立てた「見立て絵」という形で表現されました。一方、王朝文学の傑作への憧れから、雅な源氏絵も描き続けられます。雅と俗が交差する浮世絵をここではご紹介します。
雅
広重『源氏物語五十四帖』
歌川広重(初代)による風景画・名所絵以外の貴重な作品です。初期の『源氏物語』の版本である『絵入源氏物語』に類する伝統的な図柄を踏襲しています。
豊国(三代)『源氏香の図』
『偐紫田舎源氏』の挿絵を担当していた国貞は、歌川豊国(三代)と改名した年に大作に取り組みました。『おさな源氏』『源氏小鏡』系統に描かれた伝統的な図柄を再現したのが王朝風の『源氏香の図』です。
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尾形月耕『源氏五十四帖』
『源氏五十四帖』は日本画家・尾形月耕により描かれた源氏絵です。明治25(1892)年から28年にかけて出版されました。
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俗
見立て
豊国『わかむらさきの巻』
『源氏物語』の「若紫」の場面を見立てた源氏絵です。『偐紫田舎源氏』の主人公足利光氏がトレードマークの海老茶筅髷の髪型で描かれています。
- 海老茶筅髷
- 先がふたつに割れた一風変わった髷が特徴。豊国が考案。
広重『江戸むらさき名所源氏』
『源氏物語』の「明石」と「花宴」の帖を、江戸名所の高輪と御殿山に見立てて描いています。高輪から見る月は、明石の浦からの月として、御殿山の花見を紫宸殿で行われる天皇主催の桜の宴に見立て、帖名がわかるように源氏香の図が付されています。
高輪の夕月 見立あかし
御殿山花見 見立花の宴
やつし
浮世絵の「やつし」は、主題が姿を変えて描かれている絵のことです。「風流」「今やう」「其姿紫」の語を付けることが多いようです。
磯田湖龍斎が紫式部の『源氏物語』を題材に、江戸時代の風俗などを交えて描いた源氏絵です。「横笛」には、源氏香の図と、次の歌が付されています。『源氏物語』巻37「横笛」の巻名歌で、亡き柏木の形見の笛を譲り受けた夕霧が詠んだ御礼の歌です。
よこ/ふえ/の/しらへは/ことに/かはらぬを/むな/しく/なり/し/ねこそ/つき/せぬ
「ほたる」にも源氏香の図と、次の歌が記されています。『源氏物語』巻25の「蛍」の巻名歌で、玉葛から蛍の宮への返歌です。
こえは/せで/身を/のみ/こがす/ほたる/こそ/いふ/より/まさる/思ひ/なるら/め
パロディー化
女三のおふく
女三宮の猫が蹴鞠にじゃれて、御簾が開こうとしています。柏木は興味津々に覗き込もうとしていますが、御簾のむこうにみえるのは、美女の三宮でなく醜女のおふくというパロディーです。
『源氏後集余情』「あつまや」と「五十の巻」の見立て
3 読まれ続ける源氏物語
近世の源氏物語のいろいろ
木版印刷の普及は古典作品の読者の階層を拡大しました。源氏物語も例外ではなく、17世紀には梗概書や注釈が出版され、18世紀には、俗語訳作品や翻案作品が多く作成・刊行され始めます。特に『田舎源氏』という近世の源氏物語作品を通じて広く知られるようになりました。
梗概書
- 野々口親重『十帖源氏 5巻』(写)
- 野々口親重『十帖源氏』(刊)
- 野々口立圃 [著]『おさな源氏物語 10巻』(八尾勘兵衛 1670)
- 野々口立圃『おさな源氏』(写)
- 『[源氏小鏡] 3巻』
- 花山院長親『源氏小鏡 3巻』(安田十兵衛 1657)
- 花山院長親『源氏小鏡 3巻』(鶴屋喜右衛門 1675)
俗語訳作品・翻案作品
- 梅翁 作ほか『紅白源氏物語 5巻』(山口屋権兵衛 1709)
- 梅翁 作ほか『紅白源氏物語 6巻』(刊 1709)
- 柳亭種彦 作ほか『偐紫田舎源氏 初編下, 3編上, 4編, 5編下, 14編上-15編上, 16-17編, 22-25編』(鶴屋喜右衛門 1829)
- 柳亭種彦 作ほか『偐紫田舎源氏 初編-10編, 13編-26編, 31-38編』(鶴屋喜右衛門 1829)
- 柳亭種彦 作ほか『偐紫田舎源氏 初-38編』(鶴屋喜右衛門 1829)
- 柳亭種彦 作ほか『偐紫田舎源氏 第6-38編』(1832)
- 柳亭種彦 作ほか『偐紫田舎源氏 1,3-5,7,8,10-13,15-38編』(鶴屋喜右衛門 1835)
- 柳亭種彦 作ほか『偐紫田舎源氏 : 38編』(鶴屋喜右衛門 1842)
- 柳亭種彦 著『田舎源氏 [第]4編』(写)
- 一筆庵可候 作ほか『其由縁鄙俤 1-5編』(太田屋佐吉 1847)
- 一筆庵可候,柳下亭種員,笠亭仙果,柳亭種秀, 作ほか『其由縁鄙俤 初編-17編』(恵比壽屋庄七 [ほか2名] 1847)
- 種彦 作ほか『其由縁鄙俤 22-23編』(笑壽屋庄七)
- 都の錦『風流源氏物語 6巻』(神屋五郎右衛門[ほか] 1703)
- 臼杵梅彦 編ほか『源氏鄙詞』(写)
現在も読まれ続ける源氏物語
現在も『源氏物語』は、古典文学として、現代語訳された書籍で、そして源氏絵は漫画という形にもなって、読まれています。また多くの外国語に翻訳されて、世界中で日本を代表する文学として紹介されています。
現代語訳の源氏物語
- 与謝野晶子 訳『新訳源氏物語 上,中巻,下巻 1,下巻 2』(金尾文淵堂 1913)
- 谷崎潤一郎 訳『源氏物語 巻1-26 愛蔵本』(中央公論社 1939)
- 窪田空穂 訳『源氏物語 : 現代語訳 第1,4,8』(改造社 1939)
- 円地文子 訳『源氏物語 巻1』(新潮社 1972)
- 円地文子 訳『源氏物語 : 苦悩に充ちた愛の遍歴 新装』(学習研究社 1998)
- 田辺聖子 訳『新源氏物語 1』(新潮社 1978)
- 田辺聖子 訳『絵草紙源氏物語』(角川書店 1979)
- 瀬戸内寂聴 訳『源氏物語 巻1』(講談社 1996)
漫画になった源氏物語
- 桑田次郎 画, 辻真先 構成, 桑田次郎 画『源氏物語 桐壷~須磨』(暁教育図書 1982)
- 大和和紀 著『源氏物語あさきゆめみし 1 (星の章)』(講談社 1989)
- 宮城とおこ 作画, 高山由紀子 原作, 川﨑いづみ 脚色『源氏物語 : 千年の謎 第1巻』(角川書店 2011)
- 江川達也 漫画『源氏物語 第1巻』(集英社 2001)
- 鳥羽笙子 著『源氏物語 第1巻』(集英社 2001)
- 井出智香恵『源氏物語 : 美しの花乱 1』(ホーム社 2008)
- 真崎春望 漫画『源氏物語』(学研パブリッシング 2010)
海を越えた源氏物語
- The tale of Genji : a new translation, contexts, criticism First edition
- THE TALE OF GENJI : The Authentic First Translation of the World's Earliest Novel
- The tale of Genji the Uji chapters part 1
- The tale of Genji : The Arthur Waley translation of lady Murasaki's masterpiece
- Dziennik i pieśni Wydanie I
- Повість про Гендзі. Книга I
- Повесть о Гэндзи Издание третье исправленное и дополенное.
- El relato de Genji Parte III Primera edición
- Povestea lui Genji
- Het verhaal van Genji Vierde druk.
- La storia di Genji
- O romance de Genji. Segunda época 1a edição.
- Gendzsi szerelmei
参考文献
- 岩坪健 編著『錦絵で楽しむ源氏絵物語』(和泉書院 2009)
- 三谷邦明, 三田村雅子 著『源氏物語絵巻の謎を読み解く』(角川書店 1998)
- 中野幸一 編『常用源氏物語要覧』(武蔵野書院 1995)
- 稲本万里子 著『源氏絵の系譜 : 平安時代から現代まで』(森話社 2018)
- 小嶋菜温子 監修『源氏物語絵巻54帖 上 (国宝絵巻とあらすじで源氏物語を堪能する)』(宝島社 2014)
- 小嶋菜温子 監修『源氏物語絵巻54帖 下 (国宝絵巻とあらすじで雅な恋物語に耽溺する)』(宝島社 2014)
- 『浮世絵で愉しむ源氏物語 : 江戸絵師たちの「源氏絵」「艶画」 : 濃密春画の世界』(双葉社 2014)
- 田辺 昌子『江戸の『源氏物語』--浮世絵に表された世界』(國文學 : 解釈と教材の研究 / 學燈社 [編] 53(1) (通号 761) 2008.1)
- レベッカ・クレメンツ, 新美哲彦 編『源氏物語の近世 : 俗語訳・翻案・絵入本でよむ古典』(勉誠出版 2019)