富士登山と富士塚

歳時記

富士山は、その美しい姿や景観が古くから歌に詠まれ、絵画に描かれる等、芸術作品の対象にもなり、平成25(2013)年には世界遺産に登録されました。しかし一方では、噴火を繰り返す恐ろしい活火山として、人々が畏敬の念を持つ信仰の対象でした。

旧暦6月1日(現在は7月1日)の山開きです。ここでは畏敬の念を持って富士山に登山をした江戸の人々の様子をご紹介します。

富士山は噴火を繰り返してきた火山です。特に宝永4(1707)年の大噴火では、地震による地割れ、陥没、地下水の湧き出し、山崩れで東海道をはじめ各街道の交通が困難になり、火山灰が関東一帯に積もりました。富士山の噴火を鎮め、畏敬の念で富士山を崇拝するために富士講が盛んになりました。

葛飾北斎の「富嶽三十六景諸人登山」や「富嶽百景」には、白装束の人々が山頂付近の岩室いわむろでご来光を待つ様子、岩場で休む様子、岩場で金剛杖をもって歩く様子等が描かれています。

富士講が形成され、登山口には宿泊施設ができ、富士山への登拝が盛んに行われるようになるにつれ、富士山への登拝は、レクリエーションを兼ねた旅行になりました。富士講に参加した人々は、観光も兼ねて道中を大いに楽しみました。その様子は、富士詣に出かける様子を描いた錦絵や、道中を描いた本からも窺えます。


一方で、富士山に登拝することができない人々のために、江戸市中には多くの富士塚が作られました。

富士塚は、富士山の溶岩を持ち運んで築いた人造の小さな山です。この塚は、富士山の遥拝所または代理登山の場所としての性格がありました。江戸の各地に造られ、錦絵にも描かれています。

目黒の新富士と元不二は、地形的に眺望がよく、実際の富士山も遠くに見える江戸の名所でした。文化9(1812)年に元不二が、文政2(1819)年に新富士が築造されています。

江戸時代に盛んだった富士登拝と富士講は、戦後は衰退し富士塚の管理も疎かになっています。しかし、江戸七富士と呼ばれた富士塚は現在も残っています。

参考文献

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