太鼓橋・行人坂
滝泉寺(目黒不動)の方角から目黒川に架かる太鼓橋を渡り、長さ約140mの急坂行人坂を登って行くと、右手に明王院、大円寺と続き、坂の上左手には茶屋があった。太鼓橋は、享保(1716-1736)の末、木喰上人が、八丁堀の商人達の援助を受けて完成させたもの。行人坂は、寛永(1624-1644)の頃、出羽三山の一つ湯殿山(ゆどのさん)の大海法印(だいかいほういん)という行人(行者)がこの地で修行を始め、次第に多くの行人が集まり住むようになったことが名前の由来。大円寺は、江戸三大火事の一つ、明和9(1772)年の「目黒行人坂の火事」の火元と言われており、犠牲者供養のために約50年かけて石工が完成させた釈迦三尊像及び五百羅漢像約520体が境内の三方を囲んでいた。
錦絵・絵画等
江戸名勝図会 行人坂
東都目黒夕日か岡
目黒行人阪之図
江戸自慢三十六興 目黒行人坂富士
名所江戸百景 目黒太鼓橋夕日の岡
その他の資料
- 行人坂(本文) 『江戸名所図会 7巻』(1834)
- 夕日岡 行人坂(挿絵) 『江戸名所図会 7巻』(1834)
- 太鼓橋(挿絵) 『江戸名所図会 7巻』(1834)
- 太鼓橋(本文) 『江戸名所図会 7巻』(1834)