![錦絵と写真でめぐる日本の名所](/file/gallery/landmarks/titlej.webp)
白山
地名の由来ともなった白山神社は、加賀白山の白山神社を勧請したもので小石川の鎮守。江戸における白山信仰の中心社として栄えた。5代将軍綱吉が舘林藩主時代に、白山神社を現在の地に移転させ、跡地に小石川御殿(白山御殿)を造営した。千川上水を引き、堀を巡らせた邸地は景勝の地であったとされる。貞享元年(1684)に御殿の北隅に置かれた薬園はその後拡張され、現在は東京大学の付属施設である小石川植物園となっている。白山には、駒込追分で日光街道と分かれた中山道が通っており、一帯は俗に鶏声ヶ窪(傾城ヶ窪)と呼ばれた。これは、付近の下総古河藩下屋敷で毎夜鶏の声がするのでその場所を掘ってみたところ、金の鶏が現れたという故事によるという。
錦絵・絵画等
〔江戸高名会亭尽〕 白山傾城か窪
その他の資料
- 小石川 白山権現社(挿絵) 『江戸名所図会 7巻』(1834)
- 白山神社(本文) 『江戸名所図会 7巻』(1834)