小さな科学・レシピ本

分量や時間をはかり、栄養バランスを整え、食材を加工する。料理には、たくさんの科学の力が活用されています。今回の展示では、明治から昭和までの、主に家庭向けのレシピ本を「小さな科学」という観点からご紹介します。

令和6年6月20日(木)から令和6年8月20日(火)まで、国立国会図書館ギャラリーにて「小さな科学・レシピ本」の展示を開催しています。

1 明治から昭和のレシピ本の変遷

現在私たちがイメージするような、家庭向けのレシピ本が多く刊行されるようになったのは、明治期のこととされています。江戸時代の料理に関する書物はごく簡単な文章でのみ書かれていたのに対し、明治期以降のレシピ本には、分量や時間を正確にはかったり、図や写真を示したりと、科学的な要素が盛りこまれていくことになります。

参考:江戸時代の料理書

明治5年の「カレー」

明治初期には、欧米のレシピ本を翻訳したり、外国人からの聞き取りをもとにしたりした西洋料理のレシピ本が刊行されるようになります。
明治5(1872)年出版の『西洋料理指南』掲載のレシピでは、「牛酪ギフラク(バター)大一匙」、 「ルコト西洋一字(時)間」など分量や調理時間が指定されています。

西洋料理指南 下

(再現したカレー)

(材料)

その他の明治のレシピ本

大正13年の「ベークド・スタッフド・トマトース」

明治後期から、家庭向けの実用的なレシピ本が数多く出版されるようになります。家庭に西洋料理や西洋野菜が導入される中で、料理の完成図などを掲載したレシピ本も見られるようになります。こちらには大正時代のレシピ本を展示しています。
大正13(1924)年刊行の『滋味に富める家庭向西洋料理』掲載のレシピでは、トマト料理「ベークド・スタッフド・トマトース」の作り方と合わせて、料理の完成図が示されています。また、この資料のはしがきには、料理は「科学を基礎としての技術であらねばならない」と記されているのも特徴です。

滋味に富める家庭向西洋料理

(再現したベークド・スタッフド・トマトース)

(材料)

滋味に富める家庭向西洋料理

その他の大正のレシピ本

昭和4年の「キャネロンオブビーフ」

昭和期に入ると、家庭料理の楽しみがさまざまに広がります。日本料理と西洋料理を組み合わせた和洋折衷料理が定着しはじめる一方、色鮮やかな料理の絵などを載せたレシピ本も登場します。
昭和4(1929)年刊行の『赤堀西洋料理法』に掲載のレシピの口絵に牛肉料理「キャネロンオブビーフ」(カンネロン・オヴ・ビーフ)のカラー画像が掲載されています。

赤堀西洋料理法

(再現したキャネロンオブビーフ)

(材料)

赤堀西洋料理法

昭和36年の「親子ラーメン」

戦後のレシピ本は、現在に通じるカラフルで多様なスタイルが普及しました。高度経済成長期には、冷凍食品や缶詰、スキムミルクや即席麺など、「インスタント時代」という言葉がブームとなるほどに、インスタント食品が急速に広まりました。
レシピ本の中でも、インスタント食品に手を加え、より美味しさを求めたレシピが紹介されることがありました。昭和36年に刊行された『ホーム・クッキング 第4 (来客料理)』では、不意の来客のためのレシピとして、即席ラーメンに鶏肉やキャベツのせん切りの油炒め、ゆで卵などを載せるといったひと手間を加えたレシピが掲載されています。

(再現した親子ラーメン)

(材料)

2 栄養とレシピ

大正時代から昭和前期にかけて、凶作や震災などの自然災害、戦争による食糧不足を受け、効果的に食事をとるための栄養と衛生が重視されるようになります。民間で食の教育が盛んになる一方、大正9(1920)年には内務省に栄養研究所(現在の国立健康・栄養研究所)が設立され、国による栄養学の研究が本格化します。

栄養研究所の初代所長 佐伯矩の肖像と著作

栄養学の知識は、栄養素の解説や食品成分表の掲載、栄養バランスの良い献立の提案などの形で、レシピ本の中に取り入れられています。

災害と食

関東大震災後のバラックでの「さつまじる」

『バラック罹災者の為めに』では、大正12(1923)年9月の関東大震災の発生から2か月が経過し冬が迫る中、バラックで生活する被災者に向けて「あたゝかでお安いお惣菜」が紹介されています。

バラック罹災者の為めに

(再現したさつまじる)

(材料)

病と食

大正期の雑誌に投稿された病気の子ども向け料理「エッグ・プッディング」と「バナナ・サンドウイッチ」

『主婦の友』大正15年11月号では、家庭看護の特集に合わせて、懸賞企画として読者から募集した闘病中の家族に喜ばれた料理のレシピを掲載しています。

主婦の友 10(11) ※画像を加工しています

(再現したエッグ・プッディング(右)とバナナ・サンドウィッチ(左))

(材料)

その他の病と食に関するレシピ本

戦争と食

戦時中の代用食「野菜餅」

昭和16年刊行の『新興日本料理 : 戦時食料』に掲載のレシピでは、日中戦争の長期化に伴う食糧不足問題を受け、「節米」と栄養の両立の観点から、代用食や雑炊などの料理が掲載されています。野菜餅のレシピは、里芋・南瓜・さつま芋・蕎麦粉を合わせてつぶし、のし餅のように仕上げたものになっています。

(再現した野菜餅)

(材料)

その他の戦争と食に関するレシピ本

子どもと食

戦後復興期の小学校の給食メニュー「半ぺい入りカレーシチュー」

昭和25(1950)年から完全給食(パンとミルク、副食から成る給食)が都市部から順次開始され、栄養素要求量が設定されたことを受け、『学校給食献立』には、栄養価を計算した献立が紹介されています。

『学校給食献立』

(再現した半ぺい(はんぺん)入りカレーシチュー)

(材料)

その他の子どもと食に関するレシピ本

3 食材とレシピ

今日の料理には、もともと日本に縁のなかった食材も含め、さまざまな食材が用いられています。また、食材を保存したり、消化しやすくしたりするために、様々な加工技術も使われています。
最後の章では、食材にまつわる科学の知識とともに、その食材に関連するレシピ本をご紹介します。

果物

長く「水菓子」としてそのまま食べたり、干し柿にして食べたりされていましたが、明治に入ると国の殖産興業策の下、西洋果実も輸入され、各地で試験栽培がおこなわれました。明治40年頃にはスカッシュなどの果汁飲料、缶詰などの加工品も世間に広まる一方、家庭でもジャムや果実酒、フルーツケーキなど、果物を使った料理が浸透するようになりました。

その他の果物のレシピ本

発酵食品

発酵食品は和食に欠かせない存在として、昔から今日に至るまで、味噌や醤油、酢、みりん、酒などの形で食されています。麹菌(カビ)、乳酸菌・酢酸菌・納豆菌(細菌)、酵母などの微生物の働きにより、食品の長期保存が可能となるほか、栄養価やうま味成分(グルタミン酸・イノシン酸など)の増加によって健康効果が得られることも期待されています。

その他の発酵食品のレシピ本

牛乳

栄養豊富な牛乳は、明治時代から大正時代にかけ、庶民に向けた啓発活動が盛んに行われ、栄養補助食、乳菓、西洋の食文化といった位置づけで紹介されました。庶民の生活に定着したのは、冷蔵庫が普及した戦後の高度経済成長期です。遠心分離によって分離させた脂肪分からクリームやバターが作られたり、発酵によりヨーグルトやチーズが作られたりと、さまざまに姿を変えて楽しまれています。

アイスクリームのレシピ

その他の牛乳のレシピ本

スパイス

生姜や山椒などのスパイスは「はじかみ」として『古事記』にも記され、日本原産の山葵とともに古代から利用されてきました。戦後、日本の食生活が急速に西洋化する中で各種スパイスが紹介され、1980年代後半の激辛ブームやエスニック料理ブームを経て、多様なスパイスに親しむ機会が増えました。それとともにスパイスの製造方法や効能を紹介した本やスパイスを使用したレシピ本が多数出版されるようになりました。

その他のスパイスのレシピ本

コラム 明治のカレーレシピいろいろ

カレーは明治初期に日本に紹介されましたが、現在の定番の具材である玉ねぎ・にんじん・じゃがいもといった西洋野菜は、当時はまだ一般には普及していませんでした。ここでは、明治時代に刊行されたレシピ本から、カレーの具材のさまざまなバリエーションや特徴的な調味料を、いくつかピックアップしてご紹介します。

西洋料理指南 下

ねぎ・生姜・にんにく・鶏・海老・鯛・牡蠣・赤蛙

西洋料理方 : 即席簡便

肉・ねぎ・りんご

料理手引草

肉・玉ねぎ

家庭料理法

牛肉・玉ねぎ・椎茸またはまつたけ・にんじん

食道楽 秋の巻 増補註釈

インド風カレー(鶏肉・ゆで卵・チャツネ・ニンニクか玉ねぎ・ココナッツ・クリームか牛乳)

和洋家庭料理法

肉・玉ねぎ・野菜(冬瓜・なす・きゅうりなど)

家庭料理法 : 和洋折衷

さばのカレー(さば・かつおだし・みそ・コショウ・からし)

西洋料理教科書

肉・にんじん・玉ねぎ・じゃがいも・青豆・ゆで卵

参考文献